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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

「父のしたことは、けして賞められたことではございません。むしろ、責任ある立場にありながら、すべてのものを投げ打って死に逃げ込んだことは身勝手と責められるべきでしょう。ゆえに、世間の人々は父を良くは申しませぬが、少なくとも、私にとっては良い父であり、優しい父であったと思うております。親子なんて、そのようなものにございましょう。心から子を思わぬ親はおりませぬし、また、その逆もしかりにございます」
「―本当か?」
 清冶郞の瞳が縋るように見上げていた。まるで、棄てられた子猫のようだ。
「八重、私は怖い」
 清冶郞が突然、八重に抱きついた。
「若君さま―?」
 八重は眼を丸くする。
「私は死にとうない。いつも何をしていても、私は死に神の脚音がすぐ後ろに迫っているようで、怖いのだ。いつか私は死に神に連れてゆかれる」
 八重のやわらかな胸に顔を押し当てたまま、清冶郞がくぐもった声で言った。
 ややあって、顔を上げた清冶郞の眼には大粒の涙が溢れていた。
「若君さまが何ゆえ、そのことを」
 言ってから、八重はハッとして口に手を当てた。
「あ―」
「良いのだ。私はもう、何もかもすべて知っている。腰元たちが申しておった」
 清冶郞は淡々と語った。二年半前くらいになるだろうか。清冶郞が昼寝から覚めた時、隣室で若い腰元二人が小声で話していた。その話で、清冶郞は自分が長くは生きられぬ病であることを初めて知った。
―長くは生きられない可哀想な若君さま。
 一人の腰元が囁いた言葉が清冶郞を絶望の底へと突き落とした。

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