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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 その数日後の夜半のことである。
 控えの間で寝(やす)んでいた八重は、ふと眼が醒めた。
 夜、八重は清冶郞の寝間からは一つ部屋を隔てた控えの間で眠る。もちろん、奥向きには別に部屋を与えられてはいるが、一日の大部分を清冶郞の許で過ごしていた。清冶郞付きの八重が清冶郞の傍を離れることは殆どなかった。
 清冶郞の寝所から人声が聞こえてきたような気がしたのだ。よくよく耳を澄ませてみる。全神経を耳に集めていると、確かに低い声が響いてくる。しかも、呻き声のようでもあった。
 八重は飛び起きるなり、夜着のままで居間を通り抜け、寝所の外から声をかけた。
「若君さま、いかがなされました?」
 間近で聞くと、声は紛れもなく内側から響いてきていた。何ものかにうなされるかのような声がかすかに洩れてくる。
「若君さまっ」
 八重はもう躊躇わず、襖を音を立てて開けた。
「清冶郞君、どうなされましたっ」
 八重は苦しげに顔を歪めている清冶郞の身体を軽く揺さぶった。
 それでも、清冶郞は首を烈しく振り、何かうわ言のように呟いている。
「若君さま、清冶郞さま」
 八重は清冶郞の小さな身体を抱き起こす。
「止めろ、来るな。来るな―!!」
 清冶郞は苦悶のあまり暴れた。
 その時、八重の心にふと、数日前の清冶郞の科白が甦った。
―私は死にとうない。いつも何をしていても、私は死に神の脚音がすぐ後ろに迫っているようで、怖いのだ。いつか私は死に神に連れてゆかれる。

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