天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)
清冶郞の乳母がこの頃、暇を取って上屋敷を下がったのも、〝八重どののせい〟と陰で悪く言われた。清冶郞には生誕の砌から仕えていた乳母がいたのだが、その乳母にさえ、清冶郞は心を開こうとはせず、春日井も弱り果てていたのだ。
水無月に暦が変わったある日、清冶郞と八重は庭をそぞろ歩いていた。水無月も半ばとなり、上屋敷の奥庭は紫陽花が淡く色づき始めている。白や蒼、紫といった色とりどりの星型の花が集まり、丸い手毬のような形を作っていた。
清冶郞の部屋から飛び石づたいに歩いてゆくと、やがて池のほとりに出る。飛び石に沿って紫陽花がずっと植わっているため、まさに紫陽花を堪能しながらの道行きであった。
更に、紫陽花の小道が途切れた先に、圧巻としか言いようのない風景がひろがっている。
ちょっとした広さの池は到底人工のものとは思えず、濃い桃色の蓮の花と緑の葉が水面を埋め尽くしている。
「きれい」
八重が思わず感嘆の声を上げると、清冶郞は得意気に言った。
「だから、申したであろう? 上屋敷の庭はいつの季節も美しいが、とりわけ今の時季は見事なのだ。八重はまだ見たことがないというゆえ、どうでも見せたかった」
ここに来る前、突然、庭に出たいと言った清冶郞に、八重は猛反対した。春日井からは、
―けして若君さまを外にお出ししてはならぬ。
と厳重に言い含められている。
何かとして思いとどまらせようと手毬や折り紙を取り出してみたけれど、清冶郞は頑として言うことをきかない。
素直で利発な若君だが、これで存外に意思の固いというか頑固なところがある。
水無月に暦が変わったある日、清冶郞と八重は庭をそぞろ歩いていた。水無月も半ばとなり、上屋敷の奥庭は紫陽花が淡く色づき始めている。白や蒼、紫といった色とりどりの星型の花が集まり、丸い手毬のような形を作っていた。
清冶郞の部屋から飛び石づたいに歩いてゆくと、やがて池のほとりに出る。飛び石に沿って紫陽花がずっと植わっているため、まさに紫陽花を堪能しながらの道行きであった。
更に、紫陽花の小道が途切れた先に、圧巻としか言いようのない風景がひろがっている。
ちょっとした広さの池は到底人工のものとは思えず、濃い桃色の蓮の花と緑の葉が水面を埋め尽くしている。
「きれい」
八重が思わず感嘆の声を上げると、清冶郞は得意気に言った。
「だから、申したであろう? 上屋敷の庭はいつの季節も美しいが、とりわけ今の時季は見事なのだ。八重はまだ見たことがないというゆえ、どうでも見せたかった」
ここに来る前、突然、庭に出たいと言った清冶郞に、八重は猛反対した。春日井からは、
―けして若君さまを外にお出ししてはならぬ。
と厳重に言い含められている。
何かとして思いとどまらせようと手毬や折り紙を取り出してみたけれど、清冶郞は頑として言うことをきかない。
素直で利発な若君だが、これで存外に意思の固いというか頑固なところがある。