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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 あまりに清冶郞が庭を見たいと言うので、ついには八重も根負けした。結局のところ、八重は清冶郞に甘いのだ。
 それに、七歳の童子がいつも部屋に閉じ込められてばかりいては、気分も塞ぐし、かえって健康にも支障を来すのではないかとも思う。たまには戸外の新鮮な空気を胸一杯吸い込み、陽の光を全身に浴びることも必要だろう。
 半ばは開き直り、後でどんなお咎めも受ける覚悟で清冶郞を連れ出した八重であった。
 しかし、池の面を飾る蓮の花をひとめ目の当たりにした途端、八重のそのような心配も吹き飛んでしまった。
 花の色は様々で、濃い桃色だけではなく、純白も見られる。隙間なくびっしりと水面に浮かんだ蓮の花を眺めていると、それこそこの世の極楽浄土にいるかのような気になってきた。
 大きな瞳を瞠り眼の前の光景に声もない様子の八重の傍らで、清冶郞もまた満足そうに笑っている。その笑顔には、いつも彼に纏いついている翳りは微塵もなかった。今日の晴れ渡った蒼空のように七歳の少年らしく、明るい。
 しばらく静寂が続いた。
 八重は一面の蓮の花に見惚れているし、清冶郞はそんな八重を嬉しげに眺めている。
 江戸は既に梅雨入りしていたけれど、今日は海のように深い蒼がひろがった空で、所々、白絵の具を滲ませたように白雲が浮かんでいる。見事なほどの日本晴れであった。
 こうして少し歩いただけで、はや汗ばむほどの暑さで、太陽も真夏並に容赦なく照りつけている。清冶郞も汗をかいているだろうゆえ、部屋に戻ったらすぐに着替えさせないといけないだろう。濡れたままで万が一、風邪でも引いては一大事だ。

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