天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)
八重がそんなことを考えていると、涼しい風が池の面を渡ってきた。とんびがピーヒョロとしきりに頭上で啼いている。チャポンと水音が聞こえたのは、蛙か、それとも池に放たれている鯉が跳ねたのだろうか。
陽光はかなり厳しいが、汀にいるせいか、吹いてくる風はひんやりとして心地良い。まさに、日々の御殿奉公の憂さも忘れる至福の一瞬ともいえた。
八重が眼を閉じて風に身を任せていた時、思いもかけぬ言葉が耳を打った。
「もし、私がもう少し年嵩であったなら、八重のような女人を妻に迎えたい」
八重は突然の発言に、物も言えなかった。
「八重といると、心が安らぐのだ。これまで私に仕えた者たちは皆、乳母を始め、あれをしてはならぬ、これをしてはならぬとそればかりであった。だが、八重は叶う限り私の気持ちを尊重してくれる。このように毎日、同じ花を見て、共にきれいだと言い合えるような女人と一緒に暮らせたなら、どんなに良いだろう」
七歳の子どもにしては、ませた言葉だと思ったけれど、もしかしたら、清冶郞は自分の生命が長くはないと悟っているからこそ、敢えて自らの未来を語りたがるのかもしれない。そう考えてゆけば、今の清冶郞の科白もどこか背伸びした物哀しさを感じる。
遠い未来の自分を思い描くことで、清冶郞は今、自分が向き合う死の恐怖をいっときでも忘れようとしているのだろうか。その心根が、八重は切なく痛々しかった。
八重が返す言葉もなく立ち尽くしていると、清冶郞がポツリと言った。
「だが、私はそのように長くは生きられまい」
あまりにも淋しげなその横顔に、八重は清冶郞を思わず抱きしめたい想いに駆られた。
陽光はかなり厳しいが、汀にいるせいか、吹いてくる風はひんやりとして心地良い。まさに、日々の御殿奉公の憂さも忘れる至福の一瞬ともいえた。
八重が眼を閉じて風に身を任せていた時、思いもかけぬ言葉が耳を打った。
「もし、私がもう少し年嵩であったなら、八重のような女人を妻に迎えたい」
八重は突然の発言に、物も言えなかった。
「八重といると、心が安らぐのだ。これまで私に仕えた者たちは皆、乳母を始め、あれをしてはならぬ、これをしてはならぬとそればかりであった。だが、八重は叶う限り私の気持ちを尊重してくれる。このように毎日、同じ花を見て、共にきれいだと言い合えるような女人と一緒に暮らせたなら、どんなに良いだろう」
七歳の子どもにしては、ませた言葉だと思ったけれど、もしかしたら、清冶郞は自分の生命が長くはないと悟っているからこそ、敢えて自らの未来を語りたがるのかもしれない。そう考えてゆけば、今の清冶郞の科白もどこか背伸びした物哀しさを感じる。
遠い未来の自分を思い描くことで、清冶郞は今、自分が向き合う死の恐怖をいっときでも忘れようとしているのだろうか。その心根が、八重は切なく痛々しかった。
八重が返す言葉もなく立ち尽くしていると、清冶郞がポツリと言った。
「だが、私はそのように長くは生きられまい」
あまりにも淋しげなその横顔に、八重は清冶郞を思わず抱きしめたい想いに駆られた。