天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)
しかし、相手は三万石の大名の若君なのだ。昔、一緒に遊んだ遠縁の子どもとは違う。立場でいえば、八重はあくまでも奉公人であり、清冶郞は若殿さまなのだ。
八重の顔が翳ったのを、子どもなりに感じ取ったのだろう。他人を気遣うことのできる少年なのだ。
自らが痛みや哀しみを抱える者は、他者の痛みをも思いやることができるのだろうか。
清冶郞が笑った。
「止めよう、このようなつまらぬ話。折角、美しきものを愛でておるのだ。このような話を致しても、八重も興醒めなだけであろう」
そのようなことはないと言ってやりたかったが、清冶郞が話題を変えたがっているのがよく判ったので、話を合わせた。
「それにしても、見事なお花にございますね。私はあまりお庭を拝見したことはございませんでしたゆえ、良い眼の保養になりましたわ」
「そうか、ここからのこの眺めが私はいちばん気に入っている。蓮の花が好きだと申したら、変わっていると、以前のお付きの腰元からは不思議がられた。子どものくせに抹香臭い奴だと、まるで私を薄気味悪いもののように見るのだ」
清冶郞がすべてを諦めたかのように語る。
八重は微笑んだ。
「抹香臭いとは―、蓮の花が仏さまに縁(ゆかり)のものゆえにございますか」
「さようであろうな。そのときは、きれいなものをきれいだと申して何が悪いのだと反抗してやった。いつもは口をつぐんで何も言わぬ私が突然、喋ったゆえ、腰元どもは愕いて面食らっておった」
そのときのことを思い出したのか、清冶郞はクスリと笑った。
「私も蓮の花は好きです。蓮の花は濁った泥沼から、このようにきれいな花を咲かせます。まさに濁世―憂き世に咲いた花だと存じます。私もそのように生きたいと思うのですが、とてもとても無理のようにございます。あまりに煩悩が多すぎて」
八重の顔が翳ったのを、子どもなりに感じ取ったのだろう。他人を気遣うことのできる少年なのだ。
自らが痛みや哀しみを抱える者は、他者の痛みをも思いやることができるのだろうか。
清冶郞が笑った。
「止めよう、このようなつまらぬ話。折角、美しきものを愛でておるのだ。このような話を致しても、八重も興醒めなだけであろう」
そのようなことはないと言ってやりたかったが、清冶郞が話題を変えたがっているのがよく判ったので、話を合わせた。
「それにしても、見事なお花にございますね。私はあまりお庭を拝見したことはございませんでしたゆえ、良い眼の保養になりましたわ」
「そうか、ここからのこの眺めが私はいちばん気に入っている。蓮の花が好きだと申したら、変わっていると、以前のお付きの腰元からは不思議がられた。子どものくせに抹香臭い奴だと、まるで私を薄気味悪いもののように見るのだ」
清冶郞がすべてを諦めたかのように語る。
八重は微笑んだ。
「抹香臭いとは―、蓮の花が仏さまに縁(ゆかり)のものゆえにございますか」
「さようであろうな。そのときは、きれいなものをきれいだと申して何が悪いのだと反抗してやった。いつもは口をつぐんで何も言わぬ私が突然、喋ったゆえ、腰元どもは愕いて面食らっておった」
そのときのことを思い出したのか、清冶郞はクスリと笑った。
「私も蓮の花は好きです。蓮の花は濁った泥沼から、このようにきれいな花を咲かせます。まさに濁世―憂き世に咲いた花だと存じます。私もそのように生きたいと思うのですが、とてもとても無理のようにございます。あまりに煩悩が多すぎて」