テキストサイズ

天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)

 そう言いながらも、清冶郞は泣きながら八重の胸に飛び込んできた。
「八重、母上とは、一体どのような匂いがするのだろうか。私は一度も母上にこのように抱きしめて頂いた憶えがない。八重からはとても良い匂いがするが、母上は、どうなのだろう。母上は芙蓉の花がお好きだったというから、芙蓉のような香りがするのかな」
 清冶郞は八重の腕の中で泣きじゃくった。
 まるで、これまで―生まれてから七年間、心の底に溜めてきた想いをすべて吐き出すかのように烈しく泣いた。
 その時。
 背後の紫陽花の繁みが音を立てて揺れた。
 一瞬、八重がビクリとして身を固くする。
 清冶郞を守ろうとするかのように、小さな身体を背後にして庇った。
 見ると、長身の男が一人、ひっそりと佇んでいる。年の頃は二十七、八ほど、紫の羽織に、沈んだ紺色の袴を穿いていた。どちらも地味だが、上物であることがひとめで判る。
 何より、眼鼻立ちが愕くほど清冶郞に似ていた。整いすぎるほど整った面立ちは、優美でありながら、軟弱さもなく、男らしさと雅さがほどよく調和されている。恐らく清冶郞が大人になれば、このような美男になるのではないかと想像できた。
 身なり、容貌から、男が木檜藩主木檜嘉亨であることは八重にもすぐに判った。
「殿でいらせられるとは露知りませず、大変ご無礼を致しました」
 八重がその場に跪くと、若い男は破顔した。
「良い、ちと一人で考え事に耽りとうなっての。ここに来ればゆるりとできると思うたのだが、どうやら先客がおったようだ」
「申し訳ございませぬ」
 八重がますます恐縮すると、男は笑って首を振った。
「いや、気にするには及ばぬ。美しきものは独り占めするべきものではない。やはり、皆で楽しむものであろう。のう、清冶郞?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ