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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第1章 第一話〝招き猫〟―旅立ち―

 弐兵衛は絃七の残した借金を半分返済し、残りは利息をつけて少しずつ返してゆくということで、何とか話をまとめた。そもそも弐兵衛と絃七兄弟の間には長年の確執があった。弐兵衛は絃七より三つ上になる。本来であれば、紙絃は兄である弐兵衛が継ぐはずであった。
 が、二人の父、つまり先々代の絃七が兄より弟を溺愛していたため、弐兵衛は長男であるにも拘わらず、他の同業の店に聟養子に出された。しかも聟入り先は実家とは比較にならぬほど小さな店であった。
 そのことを弐兵衛が恨みに思わなかったといえば嘘になろう。寡黙で生真面目な弐兵衛とどちらかといえば明るく饒舌な絃七は若い頃からウマが合わなかった。お世辞にも仲の良い兄と弟とは言い難かったらしい。
 聟にいってからというもの、弐兵衛と絃七は絶縁状態といって良かった。その伯父が何故、弥栄を引き取る気になったかといえば、伯父夫婦に実子がいなかったからに他ならなかった。また、自分が世間を騒がした相対死に(心中)を起こした絃七のたった一人の兄である―という世間体も少なからずあったには違いない。
 事件当時、心中を企てたのが江戸でも名の知られた大店の主人と吉原の花魁ということで、世間ではかなりの噂になった。死んだ男の身許はしっかりと知られている。そこへ今度は残された一人娘が借金の形に吉原に身を沈めたとなれば、世間は余計にかしましくあることないことを取り沙汰するだろう。
 たった一人の身内でありながら、姪がみすみす苦界へ身を沈めるのを黙って見過ごしたと、今度は弐兵衛までもが悪し様に言われるかもしれない。小心な弐兵衛はそんなことまですべて考えた上で、半分は仕方なく弥栄を引き取ったのであった。

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