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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第3章 雨の日の出来事

 よもや七歳の少年から真剣な求愛を受けるとは考えもしていなかった八重であった。
 あの深い漆黒のまなざしをしたひと―木檜嘉亨とそっくりの顔で妻になって欲しいなどと囁かれれば、何やら複雑な心境になる。
―私ったら、何を紅くなってるの?
 清冶郞はまだ七歳の子どもだ。確かに、清冶郞が十五になる八年後には、八重とも少しは釣り合いが取れるようにはなっているかもしれない。しかし、現実に、八重が清冶郞の妻になることなぞ、あり得ようはずもなかった。第一、身分が違いすぎる。
 元服すれば、清冶郞はどこぞの大名家の姫君を妻に迎えなければならない。間違っても、腰元、それも九つも年上の女を妻になどできないだろう。
 これは、幼い子どもゆえの夢見がちな空想なのだ。そう思っても、何故か鼓動が速くなる。それは清冶郞から告白されたということよりも、清冶郞を通して、息子に生き写しの父木檜嘉亨を連想してしまうからに相違なかった。
 だが、何故、あのお殿さまのことがそんなに気になってしまうのだろう。八重は自分の心を訝しんだ。
 清冶郞の身体をそっと引き離すと、微笑む。
「清冶郞君のお気持ちは嬉しうございますが、あなたさまが奥方さまをお迎えになる頃には、八重はもうお婆さんになっております」
 すると、清冶郞が頬を膨らませた。
「八重はまた私を子ども扱いしている。二十四でお婆さんなんて、聞いたこともないぞ。私は十五になったら、八重を妻に迎えると父上に絶対申し上げるからな。その日まで元気でいるために、苦手な薬も頑張って呑むことにしたんだから」
 清冶郞は数種類の薬を服用している。彼が生まれたときから、ずっと診察している小児科医の処方したものだ。この中の何種類かはかなり苦いらしく、清冶郞はいつも呑むのを厭がって、お付きの者たちを困らせてきた。

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