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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第3章 雨の日の出来事

 少し逡巡した末、八重はこくりと頷いた。
「そなたのような主思いの者にめぐり逢えて、清冶郞は果報な奴よ」
 嘉亨は真顔で言った。
「雨も少し烈しくなったようだ。ここから屋敷まで戻るには距離があるゆえ、難儀しよう。少しあちらで雨宿りでも致そう」
 嘉亨が指さした先には、小さな庵があった。
 〝清月庵〟と書かれた額がかかったその庵は、茶室であった。勇壮な男らしい堂々とした手蹟の額は、嘉亨自身の手になるものだという。嘉亨は能書家としてもその名を知られた大名であった。
 八重は嘉亨に伴われ、雨の中にひっそりと佇む庵に脚を踏み入れた。
 清月庵は、八畳と十畳ほどの部屋が二つある、こじんまりとした庵である。
 誰が用意したものか、八畳の茶室の炉には、鉄瓶がかけられ、白い湯気を立てていた。
 六月の下旬というのに、今日は火の側にいても暑く感じない。
「もう少し火の傍に近付いた方が良い。そなたまでが風邪を引けば、清冶郞が哀しもう」
 嘉亨は静かな声音で言い、鉄瓶から茶碗に湯を注ぎ、手慣れた様子で茶を点てた。
「そなたの話は色々と清冶郞より聞いた。若いのに、色々と苦労をして参ったようだな。こちらでの暮らしに不自由や辛いことはないか?」
 いきなり問われ、八重はしどろもどろになった。まさか藩主直々に、そのような話をふられるとは考えていなかったのだ。
 恐らく、八重のいない場所で、清冶郞が嘉亨に八重の身の上を話したに違いない。
「は、はい、いいえ」
 八重は全く返事にならぬ返事を返し、カアッーと頬が火照るのを感じた。
 頬を染めてうつむく八重を嘉亨は優しげな眼で見つめた。

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