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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第3章 雨の日の出来事

「清冶郞の名は、この庵と拘わりがある。清冶郞が産声を上げた時、私は丁度、この茶室にいた。月の美しい秋の夜で、私は茶室の丸窓から夜空を見上げていたのだ。満月が清かな光を投げかけていて、なるほど、この茶室をお建てになった先々代の陽徳院さまがこの庵を清月庵と名付けた理由がその時、判ったものよ。その時、ふっと、脳裡に清冶郞という名が浮かんだ。あれの母が産気づいた時、私はこの庵に入った。男というものは、産室近くにおっても何もできぬゆえ、いっそのこと、ここで心を落ち着けて吉報を待とうと思うたのだ」
「―」
 嘉亨の口から思いがけぬ女(ひと)の存在が出て、八重はハッとした。〝あれの母〟と呼ぶのが離縁した正室尚姫であることは判る。気になったのは、その口調に複雑な嘉亨の感情が透けて見えたような気がしたからだ。
 もしや、殿はいまだに奥方さまのことを―?
 不仲だったという嘉亨と尚姫の間に、夫婦らしい濃やかな情の通い合いは最後までなかったという。しかし、夫婦、男女のことは傍(はた)からでは窺い知れぬものがあり、当事者同士しか判らぬことがある。不仲だったというのも、どこまでが真実か知れたものではないのだ。
 尚姫にしても、仮に嘉亨を愛していながらも、病弱な清冶郞を我が子として受け容れられないがために婚家を去ったのだとしたら?
だが、何故、八重が嘉亨と尚姫の夫婦仲を気に病む必要があるのだろう。嘉亨が尚姫のことを口にした刹那、とても厭な気分になったような、心が波立ったような気がしたのは何故だろう。

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