天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第3章 雨の日の出来事
それきり、嘉亨は黙り込んだ。
元々、寡黙な人だと聞いている。
嘉亨が黙すると、狭い茶室の中は森閑として、物音一つ聞こえなくなった。
雨が屋根を叩く音がその静寂を余計に際立たせる。湯気を上げる鉄瓶の鳴る音が先刻までより大きく聞こえた。
あたかもこの世に嘉亨と二人だけ、取り残されたような錯覚に陥る。降り止まぬ雨に遮断されたこの一角が、何か現世(うつつしよ)とは隔絶された別世界のようにさえ思えた。
八重が何も応えないのを、嘉亨は誤解したようだ。
「―つまらぬ昔話を聞かせたな」
嘉亨はにこやかに笑い、点てた茶を八重の前に押しやった。
「話に夢中になっている中に、すっかり冷めてしまったようだ」
「ありがとうございまする」
八重は畏まって手をつかえると、眼前に置かれた天目茶碗を手に取った。ひと口含むと、豊潤な抹茶の香りが口中にひろがる。
静かな刻が流れる。
八重は烈しく脈打つ自分の鼓動が嘉亨に気付かれるのではないかとさえ思った。
静寂に押し潰されそうになった八重は無意識の中に口を開いた。
「あの池の蓮は見事にございますね」
言ってしまってから、物凄い後悔が押し寄せた。自分の言葉が突拍子もなく聞こえたのではないかと思うと、我ながら恥ずかしくて、うつむけた顔を上げられない。
元々、寡黙な人だと聞いている。
嘉亨が黙すると、狭い茶室の中は森閑として、物音一つ聞こえなくなった。
雨が屋根を叩く音がその静寂を余計に際立たせる。湯気を上げる鉄瓶の鳴る音が先刻までより大きく聞こえた。
あたかもこの世に嘉亨と二人だけ、取り残されたような錯覚に陥る。降り止まぬ雨に遮断されたこの一角が、何か現世(うつつしよ)とは隔絶された別世界のようにさえ思えた。
八重が何も応えないのを、嘉亨は誤解したようだ。
「―つまらぬ昔話を聞かせたな」
嘉亨はにこやかに笑い、点てた茶を八重の前に押しやった。
「話に夢中になっている中に、すっかり冷めてしまったようだ」
「ありがとうございまする」
八重は畏まって手をつかえると、眼前に置かれた天目茶碗を手に取った。ひと口含むと、豊潤な抹茶の香りが口中にひろがる。
静かな刻が流れる。
八重は烈しく脈打つ自分の鼓動が嘉亨に気付かれるのではないかとさえ思った。
静寂に押し潰されそうになった八重は無意識の中に口を開いた。
「あの池の蓮は見事にございますね」
言ってしまってから、物凄い後悔が押し寄せた。自分の言葉が突拍子もなく聞こえたのではないかと思うと、我ながら恥ずかしくて、うつむけた顔を上げられない。