天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第3章 雨の日の出来事
嘉亨は一瞬、虚を突かれたような表情になり、ややあって頷く。
「ああ、あの蓮は先代善徳院さまの正室敬行(けいぎよう)院さまがお植えになったものだ。見事であろう?」
「先代さまのご正室ということは、殿のお母上さまに当たられるお方にございますか」
「いや、私の母は側室だったゆえ、敬行院さまは生母ではない。敬行院さまは今も下屋敷にご健在だが、私の母は早くに亡くなった」
嘉亨は何でもないことのように、さらりと言った。
「私ったら―、申し訳ござりませぬ」
不躾なことを訊いてしまったと八重は身を縮める。しかし、嘉亨の整った面に機嫌を悪くした風はなかった。
どうも、今日の自分はおかしい。口下手なのはいつものことだけれど、常にもまして馬鹿なことばかり口走っているようだ。
嘉亨にも、さぞ愚かな娘、思慮の足りぬ者よと内心は呆れられているだろう。
焦れば焦るほど、何か会話の糸口を見つけなければと思うほどに言葉だけが空しく上滑りしてゆくような気がしてならない。
「白の花が一天(いつてん)四海(しかい)と申して、大名(だいみよう)蓮(はす)という呼び名でよく知られている。桃色の花が毎葉(まいよう)連(れん)というそうだ。確か、どこかの沼地からわざわざ運ばせて、こちらに移し替えたと聞いておる」
「さようにございますか」
八重が頷くと、嘉亨は薄く笑んだ。
「先ほどのことならば、気に病む必要はない。私の母が逝ったのは、もう二十年も昔のことなのだ。幸か不幸か敬行院さまにはご実子がおらなんだゆえ、私は敬行院さまの猶子となった。八つで母を喪った私を憐れみ、実の子も同然に慈しみ育てて下された。ご自分には厳しきお方だが、他者にはお心の広い類稀なるご婦人よ」
「ああ、あの蓮は先代善徳院さまの正室敬行(けいぎよう)院さまがお植えになったものだ。見事であろう?」
「先代さまのご正室ということは、殿のお母上さまに当たられるお方にございますか」
「いや、私の母は側室だったゆえ、敬行院さまは生母ではない。敬行院さまは今も下屋敷にご健在だが、私の母は早くに亡くなった」
嘉亨は何でもないことのように、さらりと言った。
「私ったら―、申し訳ござりませぬ」
不躾なことを訊いてしまったと八重は身を縮める。しかし、嘉亨の整った面に機嫌を悪くした風はなかった。
どうも、今日の自分はおかしい。口下手なのはいつものことだけれど、常にもまして馬鹿なことばかり口走っているようだ。
嘉亨にも、さぞ愚かな娘、思慮の足りぬ者よと内心は呆れられているだろう。
焦れば焦るほど、何か会話の糸口を見つけなければと思うほどに言葉だけが空しく上滑りしてゆくような気がしてならない。
「白の花が一天(いつてん)四海(しかい)と申して、大名(だいみよう)蓮(はす)という呼び名でよく知られている。桃色の花が毎葉(まいよう)連(れん)というそうだ。確か、どこかの沼地からわざわざ運ばせて、こちらに移し替えたと聞いておる」
「さようにございますか」
八重が頷くと、嘉亨は薄く笑んだ。
「先ほどのことならば、気に病む必要はない。私の母が逝ったのは、もう二十年も昔のことなのだ。幸か不幸か敬行院さまにはご実子がおらなんだゆえ、私は敬行院さまの猶子となった。八つで母を喪った私を憐れみ、実の子も同然に慈しみ育てて下された。ご自分には厳しきお方だが、他者にはお心の広い類稀なるご婦人よ」