天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第3章 雨の日の出来事
「清冶郞はまだ七つの童だ。誰が見ても、十六のそなたとは釣り合わぬ。清冶郞よりは、私の方がよほど似合いだとは思わぬか?」
八重はあまりの成り行きに固まった。
嘉亨の思いつめたような眼が怖いと思った。嘉亨に対する恐怖が初めて八重の中に生まれた。
だが、強い視線で自分を射竦める嘉亨を怖いと思う反面、どこかで胸の高鳴りをも感じてしまう。そんな自分の心が八重は自分自身でも判らない。
「八重」
いきなり手首を掴まれ、八重は強い力で引き寄せられた。
「あっ」
突然の出来事で、八重は小さな悲鳴を上げる。抗ったその拍子に、手にした天目茶碗が畳に転がり落ちた。引っ繰り返った茶碗から残りの茶が零れ、床に染みを作る。
刹那、嘉亨が眼をしばたたいた。
八重からさっと手を放し、元の位置に戻った。
八重は狼狽え、その場に平伏した。
「申し訳ござりませぬ」
が、自分でも何に対して謝っているのか判らない。嘉亨の意に従おうとしなかったためか。それとも、茶室の畳を汚してしまったためか。
八重はともすれば溢れそうになる涙を堪(こら)えながら、懐から取り出した懐紙で汚れた畳を拭いた。懐紙を取り出した瞬間、小さな音を立てて何かが落ちた。
拾い上げてみると、例の招き猫の根付けだった。
「―私としたことが、どうかしておったようだ。許せ」
嘉亨がポツリと呟き、八重は居たたまれなくなって、その場から逃げるように外に出た。
雨は既に大方は止んでいた。空の向こうがわずかに明るくなり、雀の啼き声がかすかに聞こえた。
八重はあまりの成り行きに固まった。
嘉亨の思いつめたような眼が怖いと思った。嘉亨に対する恐怖が初めて八重の中に生まれた。
だが、強い視線で自分を射竦める嘉亨を怖いと思う反面、どこかで胸の高鳴りをも感じてしまう。そんな自分の心が八重は自分自身でも判らない。
「八重」
いきなり手首を掴まれ、八重は強い力で引き寄せられた。
「あっ」
突然の出来事で、八重は小さな悲鳴を上げる。抗ったその拍子に、手にした天目茶碗が畳に転がり落ちた。引っ繰り返った茶碗から残りの茶が零れ、床に染みを作る。
刹那、嘉亨が眼をしばたたいた。
八重からさっと手を放し、元の位置に戻った。
八重は狼狽え、その場に平伏した。
「申し訳ござりませぬ」
が、自分でも何に対して謝っているのか判らない。嘉亨の意に従おうとしなかったためか。それとも、茶室の畳を汚してしまったためか。
八重はともすれば溢れそうになる涙を堪(こら)えながら、懐から取り出した懐紙で汚れた畳を拭いた。懐紙を取り出した瞬間、小さな音を立てて何かが落ちた。
拾い上げてみると、例の招き猫の根付けだった。
「―私としたことが、どうかしておったようだ。許せ」
嘉亨がポツリと呟き、八重は居たたまれなくなって、その場から逃げるように外に出た。
雨は既に大方は止んでいた。空の向こうがわずかに明るくなり、雀の啼き声がかすかに聞こえた。