
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第3章 雨の日の出来事
屋敷に戻った八重は、とりあえず濡れた着物を着替えてから、清冶郞の部屋にいった。
代わりに侍っていた腰元と交代してから、横たわる若君の顔を改めて見つめた。
清冶郞は相変わらず眠ったままである。この八日間、何度かは眼を覚ましたのだが、意識は熱の余り朦朧として、八重が話しかけても、ろくな返事は返ってこなかった。
八重は小首を傾げた。
清冶郞の顔の赤みが少し引いている。急いで耳を口許に近付けてみると、あれほど荒々しかった呼吸が幾分楽そうになっていた。
八重は歓びのあまり、涙ぐんだ。手のひらをそっと開くと、ずっと握りしめてきた招き猫が現れる。その小さな猫を、八重は清冶郞の枕許に置いた。
―どうか、若君さまのお熱が下がりますように。早く元どおりのお健やかな清冶郞さまにお戻りあそばされますように。
心からの祈りを込めた。
一体、どれほどの間、そうやっていたのか、八重はここ連日の疲れでいつしかうとうとと眠りの淵にいざなわれていった。
深い眠りの中で、八重は夢を見ていた。
一面の蓮が群れ咲く池のほとりに八重は立っている。その場所は、奥庭の蓮池に似ているようにも、どこか違っているようにも見えた。
涼やかな風が吹く度、群れ咲く紅色の蓮が一斉に揺れる。その中には純白の花も混じっている。
あの白い蓮の花を〝一天四海〟と呼ぶのだと教えてくれた男(ひと)がいた。
あの男と二人きりで過ごしたのは、つい今し方のことなのに、もう遠い昔のように思える。
夢の中で、八重は人を探していた。
池の向こう岸に、八重の尋ね人はいるはずなのに、幾ら眼を凝らしても背伸びをしても、人影は見えない。
代わりに侍っていた腰元と交代してから、横たわる若君の顔を改めて見つめた。
清冶郞は相変わらず眠ったままである。この八日間、何度かは眼を覚ましたのだが、意識は熱の余り朦朧として、八重が話しかけても、ろくな返事は返ってこなかった。
八重は小首を傾げた。
清冶郞の顔の赤みが少し引いている。急いで耳を口許に近付けてみると、あれほど荒々しかった呼吸が幾分楽そうになっていた。
八重は歓びのあまり、涙ぐんだ。手のひらをそっと開くと、ずっと握りしめてきた招き猫が現れる。その小さな猫を、八重は清冶郞の枕許に置いた。
―どうか、若君さまのお熱が下がりますように。早く元どおりのお健やかな清冶郞さまにお戻りあそばされますように。
心からの祈りを込めた。
一体、どれほどの間、そうやっていたのか、八重はここ連日の疲れでいつしかうとうとと眠りの淵にいざなわれていった。
深い眠りの中で、八重は夢を見ていた。
一面の蓮が群れ咲く池のほとりに八重は立っている。その場所は、奥庭の蓮池に似ているようにも、どこか違っているようにも見えた。
涼やかな風が吹く度、群れ咲く紅色の蓮が一斉に揺れる。その中には純白の花も混じっている。
あの白い蓮の花を〝一天四海〟と呼ぶのだと教えてくれた男(ひと)がいた。
あの男と二人きりで過ごしたのは、つい今し方のことなのに、もう遠い昔のように思える。
夢の中で、八重は人を探していた。
池の向こう岸に、八重の尋ね人はいるはずなのに、幾ら眼を凝らしても背伸びをしても、人影は見えない。
