天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第3章 雨の日の出来事
しかし、八重は自分が誰を探そうとしているのか自分でも判らない。
ふと、人影が向こう岸に現れた。
―あなたは誰?
八重が叫ぼうとしたその刹那、突然、その人物の貌がはっきりと映じた。
あろうことか、池の向こう側に佇むその人は、木檜嘉亨その人であったのだ!
―殿―。
茫然として嘉亨を見つめる八重を、嘉亨の深いまなざしがはっきりと捉えた。
しかし、その漆黒の瞳は深い哀しみを宿している。
―殿は、どうして、あのようにお淋しそうに微笑まれているのだろう。
嘉亨の哀しげな微笑みを見て、八重までもが哀しくなる。
その時。
周囲に次第に濃い霧が立ち込め始めた。
乳白色の靄はどんどん濃くなり、やがて向こう岸に立つ嘉亨の姿をすっぽりと覆い隠してゆく。
―殿、殿!
八重は声の限りに叫んだけれど、やがて、無情にも白い霧は嘉亨を完全に呑み込んだ。
ただの夢だと判っているのに、八重は無性に哀しくてならなかった。
そう、自分はあの殿を好きになってしまったのだ。けれど、嘉亨は八重にとっては遠い人。幾ら恋い焦がれても、けして手の届くことのない雲の上のお方だ。
この恋は一日も早く諦め、嘉亨のことは忘れた方が良い。
八重は自分に言い聞かせながら、それでも夢の中で大粒の涙を流し続けていた。
「―え、八重」
どこからか自分の名を呼ぶ声が響いてくる。
誰、私の名を呼ぶのは―。
八重はうっすらと眼を開く。
ふと、人影が向こう岸に現れた。
―あなたは誰?
八重が叫ぼうとしたその刹那、突然、その人物の貌がはっきりと映じた。
あろうことか、池の向こう側に佇むその人は、木檜嘉亨その人であったのだ!
―殿―。
茫然として嘉亨を見つめる八重を、嘉亨の深いまなざしがはっきりと捉えた。
しかし、その漆黒の瞳は深い哀しみを宿している。
―殿は、どうして、あのようにお淋しそうに微笑まれているのだろう。
嘉亨の哀しげな微笑みを見て、八重までもが哀しくなる。
その時。
周囲に次第に濃い霧が立ち込め始めた。
乳白色の靄はどんどん濃くなり、やがて向こう岸に立つ嘉亨の姿をすっぽりと覆い隠してゆく。
―殿、殿!
八重は声の限りに叫んだけれど、やがて、無情にも白い霧は嘉亨を完全に呑み込んだ。
ただの夢だと判っているのに、八重は無性に哀しくてならなかった。
そう、自分はあの殿を好きになってしまったのだ。けれど、嘉亨は八重にとっては遠い人。幾ら恋い焦がれても、けして手の届くことのない雲の上のお方だ。
この恋は一日も早く諦め、嘉亨のことは忘れた方が良い。
八重は自分に言い聞かせながら、それでも夢の中で大粒の涙を流し続けていた。
「―え、八重」
どこからか自分の名を呼ぶ声が響いてくる。
誰、私の名を呼ぶのは―。
八重はうっすらと眼を開く。