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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第3章 雨の日の出来事

 開け放した障子越しに、ひんやりとした夜風が吹き込んでくる。
 八重は清冶郞と濡れ縁に並んで座り、夜空を見上げていた。
 七月も晦日(みそか)の一日だけを残し過ぎようとしていた。昼間の暑熱を残しつつも、夜風が快い。星がきらめく光を放っていた。
 清冶郞が八日ぶりに意識を取り戻したあの日から、既に十日余りが流れた。清冶郞は順調な回復ぶりを見せ、もう以前と同じような日々に戻っている。
「あの星は何というのであろうか」
 清冶郞がはしゃいだ声を上げる。
 群青色の布を一面敷きつめたような空に、縫い止められた星たちがきらきらと輝いている。星の形作る星座が何の形に似ているか―と、清冶郞は子どもらしい好奇心で眼を輝かせている。その彼の瞳こそが、星がきらめく夜空をそのまま映し出したかのように澄んでいる。
「さあ、何の形でございましょうか」
 八重がもまた明るい声音で応えたその時、背後で深みのある声が響いた。
「まるで光り輝く宝玉をちりばめたかのような空だな」
 八重は、ハッと振り向いた。
 この声を忘れるはずがない。何故なら、この半月間、ずっと忘れられずに聞きたいと思っていたひとの声だったから。
「父上、いらせられませ」
 清冶郞が歓声を上げ、嘉亨に飛びついた。
「当代一といわれる細工師、絵師もまた優れた芸術品を作るが、やはり、自然の作ったものには適わぬな。のう、清冶郞。あの星のきらびやかさを見よ。所詮どうあがいても、我ら人間は自然の力には太刀打ちできぬということだ」
 嘉亨が夜空を差し示しながら息子に話しかける。父の傍らで、清冶郞もまた瞳を輝かせて父の話に熱心に聞き入っていた。

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