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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第3章 雨の日の出来事

 八重は、そんな微笑ましい光景をそっと見守っている。
 嘉亨と清冶郞が睦まじげに寄り添っているのを見るのは、八重にとって何よりの歓びであった。
 それにしても、このような時間に、嘉亨が一人、ふらりと思い出したように訪ねてくるのは極めて珍しい。もっとも、誰よりも父親を慕い、尊敬している清冶郞にとっては嬉しいことだろう。母のおらぬ清冶郞のためにも、もっともっと、このように親子でゆっくりと過ごす時間を作って欲しいと思う。
 だが、そんな心の奥底を覗けば、嘉亨が清冶郞の許を訪ねてくれば、自ずと清冶郞の傍にいる八重も嘉亨に逢えると―、そんな淡い期待が隠れてはいないだろうか。
 八重は、自分の考えがとんでもなく邪なような気がして、罪の意識に居たたまれなかった。
 いつしか八重は、嘉亨の顔にじっと見入っていた。秀でた額、整った鼻梁―、切れ長の双眸は彼の愛する息子と同様、深く澄んでいる。
 と、突如として嘉亨が振り向いた。
 八重の心臓の鼓動が高まる。
「―先日は済まぬ」
 漆黒の瞳が夜空を写し取ったように冴え冴えときらめいている。
 深いまなざしに身体だけでなく心まで射竦められようで、八重は思わず頬を染めた。
 八重は何も言えず、ただ、小さくかぶりを振っただけにとどまった。
 清冶郞が一瞬、二人の様子に怪訝な表情を見せた。気遣わしげに嘉亨と八重を交互に見ている。
 だが、そのときの八重には、迂闊にも清冶郞の変化に気を払うゆとりもなかった。
―私は、やっぱり、この男(ひと)が好き。
 その夜、八重は嘉亨への我が想いを改めて確認することになった。

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