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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第4章 第二話〝茜空〟・友達

 あの一瞬の出来事が八重に与えた衝撃は思いの外、大きかった。
 嘉亨は、まだ七歳の息子が八重を真剣に慕っていることを知っている。息子のためにも、八重をお手付き、いうなれば側妾にすることは思いとどまったのだろうか。それとも、あれはほんの気紛れで、垢抜けない小娘を殿がふと出来心でからかったにすぎないのかもしれない。
 嘉亨の心はともかく、八重自身はあの一件以来、どうしても嘉亨を意識してしまう。
―恋は魔物だ。
 そう言い残して吉原の売れっ子花魁と心中した父絃七の言葉がありありと耳奥に甦るのだった。
 そう、八重の心もまた恋という名の魔物に捕らわれてしまったのだ。たとえ、どのようにひた隠そうとも、心の奥底では嘉亨への恋心が妖しく燠火のように燃え続けている。嘉亨への複雑な恋心を悟って以来、自分の気持ち、嘉亨への想いを自分でも持て余している八重であった。
 嘉亨は八重に比べて大人の男だ。やはり、あのふた月前の清月庵での出来事は夢に相違ない―と、八重が思ってしまうほどに、八重への態度は淡々としている。
 八重は清冶郞付きの腰元だから、常に清冶郞の側に控えている。清冶郞に逢いにやってきた嘉亨とも当然、顔を合わせることにはなるけれど、嘉亨は八重にも最初、ごく自然にねぎらいの言葉をかけるだけで、後は眼線を合わせようともせず、まるで関心のない様子であった。
 そんな嘉亨ではあったが、たまに庭の花を見て、八重に話しかけてくることがある。
―あの花は好きか?

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