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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第4章 第二話〝茜空〟・友達

 八重もまた畏まり、当たり障りのない返答をするだけ、ほんの他愛ないやりとりは、誰が見ても男女の拘わりをそこに見ることはなかったろう。それでも、嘉亨が八重にほんの少し話しかけただけで、清冶郞は思いつめたような眼で父と若き腰元を見つめていた。
 清冶郞は勘の鋭い少年だ。はきとは判らずとも、父と八重の間に何かしらかの出来事があったのだと薄々察しているような気がしてならない。
 そんなわだかまりはあるものの、八重と清冶郞の間は至って良好だ。清冶郞は風邪で一時、生死の境をさまようことになったものの、あれ以降は風邪を引くこともなく健やかに過ごしている。たった一人の世継の若君がつつがなく成長してゆくことで、上屋敷の者たちもとりあえずは愁眉を開いていた。
 清冶郞の好奇心は子どもらしく、とどまることがない。最近では町家の暮らしというものにも興味があるらしく、一度は我が眼で町人たちの暮らしを見て見たいなどとしきりに眼を輝かせて言うようになった。
―八重、私は是非、外の世界を見てみたいのだ。
 清冶郞に言わせれば、将来、父の跡目を継いで藩主となったときのためにも、下々の者どもの暮らしを見ておくことは勉強になる―つまりは後学のためということになるらしい。
―なっ、八重、頼む。屋敷の内にばかり閉じこもっておっては、かえって丈夫になる身体も丈夫にならぬ、軟弱になるばかりだとさいたもいつぞや申したではないか。一度で良いのだ、連れていってはくれぬか。
 八重は果たして、そんなことを清冶郞当人に面と向かって言ったかどうか疑わしいのだが、確かに常日頃から考えていることは事実なので、真っ向から否定はできない。

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