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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第4章 第二話〝茜空〟・友達

 年の割には利発な清冶郞が八重の胸の内を読んでいることも知りもせず、いつしか若君の調子に乗せられている。
 今回の一軒にしても、きっかけは、若君のひと言だった。むろん、八重は必死になって止めたけれど、結局、押し切られてしまうことになったのである。何だかなだと言っても、八重はつまるところ清冶郞に弱いのだ。
 かといって、哀しいことに、八重には市井に立ち戻っても、帰る場所がどこにもないのだ。実家である紙絃は三年間前、父の死と共に暖簾を下ろしている。養い親といっても形式だけの関係の伯父夫婦の許にも居場所はなない。
 八重が思いつく先といえば、裁縫教室で親友だったお智の家くらいのものであった。
 お智は両国の水茶屋の娘である。お智の父親甚助の営む〝花月〟は西両国にあり、道の両脇にすへらりと居並ぶ床見世の一つである。床見世というのは住まいのつかない店舗だけの店で、その界隈は火除け地のため、いざとなったらすぐに店を畳めるように葦簀張りの簡素な店にしているのだ。ゆえに、時分時が過ぎ、店じまいした後は机や腰掛けはすべて片隅に寄せて邪魔にならないようにしていた。
 どの見世もが似たようなものなので、一斉に店を閉めた後の風景は昼間の賑わいが嘘のようにかえって寂寥感を募らせるものがある。花月は結構人の入りも多く、お智は見世の看板娘である。甚助が使っている茶(ちや)酌(くみ)女(むすめ)は三人いたが、どの女中も何か理由をつけては休みたがるので、お智は父の言いつけで見世を手伝うことが多かった。

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