天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第4章 第二話〝茜空〟・友達
八重は清冶郞には判らぬよう吐息をつく。傍らに、しっかりと八重の袂を掴む清冶郞がいた。屋敷を出るまでは好奇心に輝いていた瞳が真剣そのものになっている。清冶郞なりに緊張しているのが判った。
幾ら何でも、いつまでもこのままでというわけにもゆかなくて、八重はありったけの勇気を振り絞って、訪(おとな)いを告げた。
障子戸の向こうは森閑と静まり返って、物音一つない。夕暮れ刻とはいっても、まだ店を閉めるには早い時間である。お智の家には普段から、中年増の女中と若い下男がいる。どちらも通いで、夜には自分の住まいに帰ってゆく。
お智は両親との三人暮らしであった。昼間、この家にいるのは母親のおみつだけのはずだ。これまでなら、お智は花月の方を手伝っているだろうが、何しろ、もう祝言をひと月後に控えた身だ。たとえ水茶屋とはいえ、男客もいる店に嫁入りの決まった娘を出さなただろうか、半ばお智も家にいることを期待していた。
幾ら呼んでも、中からは人の気配もしない。流石にのんびり屋の八重も痺れを切らした頃、漸く中から戸が開いた。
顔見知りの下男が一瞬愕いた表情を見せ、奥に取り次いでくれた。二十歳をわずかに過ぎたばかりのこの下男は確か磯太とかいったか。直接話したことはないが、見た目だけでは控えめで働き者といった印象で、お智に向けるその態度やまなざしから、惚れているのではないかと前々から感じていた。
八重の推量はどうやら当たったらしく、お智は自宅にいたようだった。
―うちのおとっつっぁんったら、本当にどこまでいっても、吝嗇(けち)なんだから。
幾ら何でも、いつまでもこのままでというわけにもゆかなくて、八重はありったけの勇気を振り絞って、訪(おとな)いを告げた。
障子戸の向こうは森閑と静まり返って、物音一つない。夕暮れ刻とはいっても、まだ店を閉めるには早い時間である。お智の家には普段から、中年増の女中と若い下男がいる。どちらも通いで、夜には自分の住まいに帰ってゆく。
お智は両親との三人暮らしであった。昼間、この家にいるのは母親のおみつだけのはずだ。これまでなら、お智は花月の方を手伝っているだろうが、何しろ、もう祝言をひと月後に控えた身だ。たとえ水茶屋とはいえ、男客もいる店に嫁入りの決まった娘を出さなただろうか、半ばお智も家にいることを期待していた。
幾ら呼んでも、中からは人の気配もしない。流石にのんびり屋の八重も痺れを切らした頃、漸く中から戸が開いた。
顔見知りの下男が一瞬愕いた表情を見せ、奥に取り次いでくれた。二十歳をわずかに過ぎたばかりのこの下男は確か磯太とかいったか。直接話したことはないが、見た目だけでは控えめで働き者といった印象で、お智に向けるその態度やまなざしから、惚れているのではないかと前々から感じていた。
八重の推量はどうやら当たったらしく、お智は自宅にいたようだった。
―うちのおとっつっぁんったら、本当にどこまでいっても、吝嗇(けち)なんだから。