
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第4章 第二話〝茜空〟・友達
二人が案内されたのは、奥まった一角―お智の私室であった。夏の盛りのこととて、障子戸は一杯に開け放され、小庭が臨めた。
そろそろ空の西の端が茜色に染まり始めている。幾分涼しさを増した夕暮れの庭で、撫子の花が慎ましく咲いていた。
お智の向こうに、朱塗りの衣桁に掛かった白い花嫁衣装が見えた。白鷺が翼をひろげたようにも見える純白の打掛が眼に眩しい。
「そういえば、祝言まであとひと月と少しになったのね。もうすぐ好いたお人とずっと一緒にいられるんだわ」
言ってしまってから、八重は自分の物言いが厭味に聞こえなかったかと、ハッとした。
他人を羨んだことなど滅多とない八重ではあったけれど、やはり、今のお智は素直に羨ましいと思う。両親は健在で、人並みに嫁げ、しかも惚れた男と添えるお智を妬ましいとさえ思わずにはおられない。
こんな想いを今まで、八重は知らなかった。こんな気持ちは初めてだ。嘉亨と二人でいると―実際には、二人だけでいる機会など滅多とどころか、殆ど全くないのだが―嬉しくて幸せで、ずっと一緒にいたいと思うのに、そのくせ、胸が苦しい。ちょっとしたことで泣き出したくなったり、落ち込んだりする。この頃の自分は、どうも少し変だ。
いつまで、この報われぬ想いを胸に秘め続けておかねばならないのか。そう思うと、暗澹とした心もちになる。そうなのだ、この問いに応えなんてない。それは自分でも厭というほど判っているから。
いっそのこと、お暇を取ってお屋敷からいなくなれば、この苦しい片恋を終わりにはできる。だが、残してゆく若君のゆく末を考えると、自分の我が儘で勝手に去ることはできないと思ってしまう。
そろそろ空の西の端が茜色に染まり始めている。幾分涼しさを増した夕暮れの庭で、撫子の花が慎ましく咲いていた。
お智の向こうに、朱塗りの衣桁に掛かった白い花嫁衣装が見えた。白鷺が翼をひろげたようにも見える純白の打掛が眼に眩しい。
「そういえば、祝言まであとひと月と少しになったのね。もうすぐ好いたお人とずっと一緒にいられるんだわ」
言ってしまってから、八重は自分の物言いが厭味に聞こえなかったかと、ハッとした。
他人を羨んだことなど滅多とない八重ではあったけれど、やはり、今のお智は素直に羨ましいと思う。両親は健在で、人並みに嫁げ、しかも惚れた男と添えるお智を妬ましいとさえ思わずにはおられない。
こんな想いを今まで、八重は知らなかった。こんな気持ちは初めてだ。嘉亨と二人でいると―実際には、二人だけでいる機会など滅多とどころか、殆ど全くないのだが―嬉しくて幸せで、ずっと一緒にいたいと思うのに、そのくせ、胸が苦しい。ちょっとしたことで泣き出したくなったり、落ち込んだりする。この頃の自分は、どうも少し変だ。
いつまで、この報われぬ想いを胸に秘め続けておかねばならないのか。そう思うと、暗澹とした心もちになる。そうなのだ、この問いに応えなんてない。それは自分でも厭というほど判っているから。
いっそのこと、お暇を取ってお屋敷からいなくなれば、この苦しい片恋を終わりにはできる。だが、残してゆく若君のゆく末を考えると、自分の我が儘で勝手に去ることはできないと思ってしまう。
