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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第4章 第二話〝茜空〟・友達

 ふとほつれた髪をかき上げる仕種一つとっても、もうすぐ想う男と結ばれる女特有の輝きや色香が滲み出ている。美しく輝くお智が
この時、一瞬、八重には自分の知らぬ女のように思え、淋しくなった。
 だが、どんなときでも歓びも哀しみも打ち明けてきた友の門出なのだ。せめて、最後くらいは心からの祝福で見送りたいと思った。 想いに沈んでいた八重の袖を、清冶郞がそっと引いた。
「八重、そろそろ屋敷に戻った方が良いのではないか」
 そこで、八重は我に返る。
 お智の部屋から見渡せる小庭には、そろそろ宵闇がひろがり始めていた。
 次第に薄暗さを増す庭の片隅で撫子の薄紅の花が揺れている。
 今頃、屋敷はまた大騒動になっていることだろう。何しろ、お昼寝中のはずの若君とお付きの腰元が忽然と姿を消してしまったのだから。屋敷をぐるりと囲む築地塀の破れ目を見つけたのは随分と前のことだった。大の男であれば、通り抜けるのは難しいかもしれないほどの大きさは、八重や清冶郞には難なく通れる。その時、もし屋敷からこっそりと忍び出るのであれば、その場所を抜け道にすれば良いな、などと考えたものだったけれど、まさか真にそんな日が来るとは想像だにしなかった。
 その秘密の抜け穴は、清冶郞と八重だけの秘密だ。
 お智は入り口まで二人を見送りに来てくれた。人通りの多い表口を避け、裏路地に面した裏口から出ることになった。
 帰り際、お智が素早く耳打ちする。
「まさか、あの招き猫が唐渡りの高僧の遺品になっていたとは思いもしなかったわ」
 笑いの含んだ声に、八重は小さく肩をすくめる。

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