月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第4章 夜の蝶
例のものは完成したか?」
唐突に問われ、香花は眼を瞠る。
「例のもの、とは」
そこで、明善が苦笑いを浮かべた。
「ああ、そうだな。こんな曖昧な言い方をしては判らないのも当然だ」
明善は笑いながら、幾度も頷く。
「そなたがいつか紫陽花の刺繍をしていたであろう、あの刺繍ができたら、私にくれと頼んでおいたはずだ」
〝あ〟と、香花は、小さな声を上げた。
あれは確か左議政陳相成が忍びで明善を訪門してきた夜のことだ。相成が香花を譲れなどと、とんでもないことを言い出し、怯えていた香花を明善は巧みに言い交わして庇ってくれた。
相成が帰った後、明善は香花の部屋を訪ねてきて、二人は明け方まで同じ褥で過ごした。むろん、自分と明善の間に何が起こるはずもなかったけれど、香花にとって、あの夜は忘れがたい想い出の一夜となっていた。
あの夜、明善が思いがけずやって来るまで、香花は刺繍をしていて、その題材が紫陽花だったのだ。
「あのようなものでよろしければ、すぐにお持ち致します」
香花は急いで自分の部屋に引き返し、既にできあがった刺繍を持ってきた。
香花から刺繍を受け取り、明善は穏やかな笑みを見せた。
「ありがとう(コマオ)。これは私の一生の宝となろう」
「そのように仰って頂くほどのものではありません」
香花は嬉しさと照れくささに頬を染める。
「それでは、私からはこれをそなたに」
明善は手前の文机の引き出しを開け、水晶のロザリオを取り出した。
唐突に問われ、香花は眼を瞠る。
「例のもの、とは」
そこで、明善が苦笑いを浮かべた。
「ああ、そうだな。こんな曖昧な言い方をしては判らないのも当然だ」
明善は笑いながら、幾度も頷く。
「そなたがいつか紫陽花の刺繍をしていたであろう、あの刺繍ができたら、私にくれと頼んでおいたはずだ」
〝あ〟と、香花は、小さな声を上げた。
あれは確か左議政陳相成が忍びで明善を訪門してきた夜のことだ。相成が香花を譲れなどと、とんでもないことを言い出し、怯えていた香花を明善は巧みに言い交わして庇ってくれた。
相成が帰った後、明善は香花の部屋を訪ねてきて、二人は明け方まで同じ褥で過ごした。むろん、自分と明善の間に何が起こるはずもなかったけれど、香花にとって、あの夜は忘れがたい想い出の一夜となっていた。
あの夜、明善が思いがけずやって来るまで、香花は刺繍をしていて、その題材が紫陽花だったのだ。
「あのようなものでよろしければ、すぐにお持ち致します」
香花は急いで自分の部屋に引き返し、既にできあがった刺繍を持ってきた。
香花から刺繍を受け取り、明善は穏やかな笑みを見せた。
「ありがとう(コマオ)。これは私の一生の宝となろう」
「そのように仰って頂くほどのものではありません」
香花は嬉しさと照れくささに頬を染める。
「それでは、私からはこれをそなたに」
明善は手前の文机の引き出しを開け、水晶のロザリオを取り出した。