月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第4章 夜の蝶
「この数日間、私はずっとこのロザリオを眺めながら、考えていた。そなたが私に与えてくれた多くのものの代わりに、私がそなたに与えられるものは何もない。思いついたのがこのロザリオだった。さりながら、国が公に禁じている天主教に縁(ゆかり)の深いものをそなたに譲れば、もしや、そなたに要らざる迷惑がかかるやもしれぬ」
香花は夢中で首を振った。
「そんなことはありません。私は旦那さまが大切になさっているものであれば、たとえそれが何であろうと歓んで頂きます」
「そうか。このようなものくらいしかないが、貰ってくれるか?」
「はい」
香花は頷き、差し出されたロザリオを両手で押し頂く。
「でも、旦那さま。これは旦那さまにとっては、とても大切なお品ではございませんか? 手放されてもよろしいのですか」
明善は微笑んだ。
「だからこそ、そなたに持っていて欲しいと思うたのだよ。たとえ私の身に何かあったとしても、そなたが持っていてくれれば安心だ」
「不吉なことを仰らないで下さい。そんな言い方をなされては、まるで旦那さまがどこか遠いところに行ってしまわれるようで、嫌です」
香花が不安げに訴えると、明善は澄んだ眼を香花に向けた。
刹那、香花の心に言い知れぬ疑惑が押し寄せる。
「旦那さま?」
思わず咎めるように言ってしまってから、香花は、明善がいつもより随分と老けて見えることに気付いた。まだ三十歳の若さのはずなのに、眼尻には小さな皺が目立ち、髪にも白いものが目立った。まるでひと晩で十歳どころか二十歳も歳を取ってしまったように見える。
香花は夢中で首を振った。
「そんなことはありません。私は旦那さまが大切になさっているものであれば、たとえそれが何であろうと歓んで頂きます」
「そうか。このようなものくらいしかないが、貰ってくれるか?」
「はい」
香花は頷き、差し出されたロザリオを両手で押し頂く。
「でも、旦那さま。これは旦那さまにとっては、とても大切なお品ではございませんか? 手放されてもよろしいのですか」
明善は微笑んだ。
「だからこそ、そなたに持っていて欲しいと思うたのだよ。たとえ私の身に何かあったとしても、そなたが持っていてくれれば安心だ」
「不吉なことを仰らないで下さい。そんな言い方をなされては、まるで旦那さまがどこか遠いところに行ってしまわれるようで、嫌です」
香花が不安げに訴えると、明善は澄んだ眼を香花に向けた。
刹那、香花の心に言い知れぬ疑惑が押し寄せる。
「旦那さま?」
思わず咎めるように言ってしまってから、香花は、明善がいつもより随分と老けて見えることに気付いた。まだ三十歳の若さのはずなのに、眼尻には小さな皺が目立ち、髪にも白いものが目立った。まるでひと晩で十歳どころか二十歳も歳を取ってしまったように見える。