月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第4章 夜の蝶
多分、その理由は自分が男を好きになることを知ったからだ。恋を知らなかった頃の香花にとって、恋い慕う男への女の想いの深さ、情念の烈しさは所詮、絵空事でしかなかった。しかし、今は違う。香花もまた黄真伊と同様、恋を知り、男への恋慕に烈しく身を焦がす一人前の女人となったのだ。
黄真伊はかつて天下の名妓と呼ばれた妓生だった。舞だけでなく詩歌にも優れた才を表し、彼女の残した作品の数々が今日にまで語り継がれている。恋を知ったからこそ、香花は二百年前に恋多き女として生きた黄真伊の心に共鳴できたのだろう。
「香花」
明善が香花の背に手を回し、きつく抱きしめる。
「旦那さま、今、初めて私の名を呼んで下さいましたね。私があれほどお願いしたのに、旦那さまは〝先生〟としか呼んで下さらなかった―。私、それがどれだけ恨めしかったか」
香花、香花と、明善はうわ言のように呟き続ける。
「嬉しい」
香花が瞳を潤ませると、明善は堪えかねたようにその花のようなふっくらとした薄紅色の唇を塞いだ。
唇はすぐに離れ、明善は香花の白くやわらかな頬を両手で挟み込み、その瞳を覗き込む。
「―好きだ。香花」
囁かれた直截な科白に、香花は幾度も頷きながら涙を流す。
再び唇が近づいてきて、香花は眼を瞑った。
最初は蝶の羽根がかすめる程度の軽い口づけが徐々に深くなってゆく。熱い唇はまるで明善のすべての想いを語っているようだ。
しっとりした感触は離れたかと思えば、すぐにまた近づいてくる。角度を変えた口づけは延々と続く。
黄真伊はかつて天下の名妓と呼ばれた妓生だった。舞だけでなく詩歌にも優れた才を表し、彼女の残した作品の数々が今日にまで語り継がれている。恋を知ったからこそ、香花は二百年前に恋多き女として生きた黄真伊の心に共鳴できたのだろう。
「香花」
明善が香花の背に手を回し、きつく抱きしめる。
「旦那さま、今、初めて私の名を呼んで下さいましたね。私があれほどお願いしたのに、旦那さまは〝先生〟としか呼んで下さらなかった―。私、それがどれだけ恨めしかったか」
香花、香花と、明善はうわ言のように呟き続ける。
「嬉しい」
香花が瞳を潤ませると、明善は堪えかねたようにその花のようなふっくらとした薄紅色の唇を塞いだ。
唇はすぐに離れ、明善は香花の白くやわらかな頬を両手で挟み込み、その瞳を覗き込む。
「―好きだ。香花」
囁かれた直截な科白に、香花は幾度も頷きながら涙を流す。
再び唇が近づいてきて、香花は眼を瞑った。
最初は蝶の羽根がかすめる程度の軽い口づけが徐々に深くなってゆく。熱い唇はまるで明善のすべての想いを語っているようだ。
しっとりした感触は離れたかと思えば、すぐにまた近づいてくる。角度を変えた口づけは延々と続く。