月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第4章 夜の蝶
「やはり、止めておこう」
頭上で声がしたかと思うと、明善は自分が解いたチョゴリの紐を再び元どおりに結び直し、形まで整えた。
明善はよりいっそう強い力で香花を抱きしめ、艶やかな黒髪を愛おしむかのように撫でる。
「そなたはまだ十四だ、私のような年寄りと違って、まだ先が長い」
「そんな」
抗議しようとする香花に、明善は梅雨が明けた後の空のような瞳を向ける。どこまでも涯(はて)なく澄み渡った青空を写し取ったかのような双眸だ。
「まあ、聞きなさい。いつか、そなたにふわさしい男が、心から恋い慕う男がそなたの前に現れるだろう。もし、今、私との間に何かあれば、その時、今夜のことをそなたはきっと後悔するに相違ない。だから、私はそなたを抱かない。心がたとえいかほどそなたを求めていようが、堪える。そなたが大人になって遠い昔を振り返った時、苦い後悔と共に私という存在を思い出すのは、どうにも私には堪えられそうにないからね」
自分をもっと大切にしなければならないよ。
明善はそう言って、香花の頭を撫でる。その仕種は先刻、唇を幾度も奪ってきたときの情欲めいたものは一切なく、ただ優しいだけの父親が娘に与えるようなものだった。
明善はそっと香花の身体を離すと、部屋を横切り、扉を開けた。
廊下に出て、後ろを振り返り、香花を呼ぶ。
「香花、来てごらん」
言われるままに後をついてきた香花に、明善は穏やかに言った。
「あれを見て」
明善が指したその先を辿った彼女は、思わず小さな声を上げる。
頭上で声がしたかと思うと、明善は自分が解いたチョゴリの紐を再び元どおりに結び直し、形まで整えた。
明善はよりいっそう強い力で香花を抱きしめ、艶やかな黒髪を愛おしむかのように撫でる。
「そなたはまだ十四だ、私のような年寄りと違って、まだ先が長い」
「そんな」
抗議しようとする香花に、明善は梅雨が明けた後の空のような瞳を向ける。どこまでも涯(はて)なく澄み渡った青空を写し取ったかのような双眸だ。
「まあ、聞きなさい。いつか、そなたにふわさしい男が、心から恋い慕う男がそなたの前に現れるだろう。もし、今、私との間に何かあれば、その時、今夜のことをそなたはきっと後悔するに相違ない。だから、私はそなたを抱かない。心がたとえいかほどそなたを求めていようが、堪える。そなたが大人になって遠い昔を振り返った時、苦い後悔と共に私という存在を思い出すのは、どうにも私には堪えられそうにないからね」
自分をもっと大切にしなければならないよ。
明善はそう言って、香花の頭を撫でる。その仕種は先刻、唇を幾度も奪ってきたときの情欲めいたものは一切なく、ただ優しいだけの父親が娘に与えるようなものだった。
明善はそっと香花の身体を離すと、部屋を横切り、扉を開けた。
廊下に出て、後ろを振り返り、香花を呼ぶ。
「香花、来てごらん」
言われるままに後をついてきた香花に、明善は穏やかに言った。
「あれを見て」
明善が指したその先を辿った彼女は、思わず小さな声を上げる。