月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第4章 夜の蝶
女人の爪先を思わせる繊細な月の下、紫陽花が咲き誇っている。それも既に見慣れた蒼色の花ではない、蒼の花を無数につけている大きな繁みの傍らにこんもりと可愛らしく茂った〝幻の花〟の方だ。
虹の七色、即ち、七つの色とりどりの花が小さな樹にたわわに咲いている。赤、橙、黄、緑、蒼、藍、紫、まさにそれぞれ色彩の異なる紫陽花が一つの樹に咲いているのだ。中には一つの花の花びらが七つの色に染まっている本当に見たこともないようなものまである。
「綺麗」
香花が呟くと、明善が微笑む。
「七色の紫陽花、珍しいものだ。数年、いや十数年に一度しか咲かぬという幻の花と言われている。私も物心ついた頃に一度だけ、咲いたのを見たことがあるくらいだ。人の一生は長いように思えるが、その間、一体、この幻の花は何度咲くのだろう。多分、多くてもせいぜい二、三度のものだろうゆえ、そう考えれば、人の生命など随分と短くて儚いな」
月の光に濡れて煌めく虹色の紫陽花は、恋を知り初(そ)めたばかりの少女のように初々しく瑞々しく、それでいて、妖艶な女を彷彿とさせる。
「この花はまるで、香花のようだね」
この上なく大切な宝物を愛おしむかのようなまなざしが香花に注がれる。
明善の言葉に紅くなった香花の髪に、どこからともなく飛んできた白い蝶が止まった。
「不思議なこともあるものだ、香花。月下の紫陽花と花に戯れかける蝶。まさしく、そなたが私にくれたあの刺繍と同じではないか」
小さな蝶はひらりと舞い上がり、ふわふわと頼りなげに羽根を動かし、夜空を旋回する。
七色に染まった紫陽花に止まり、更に海色の紫陽花へと蝶は気ままに浮遊を続ける。
虹の七色、即ち、七つの色とりどりの花が小さな樹にたわわに咲いている。赤、橙、黄、緑、蒼、藍、紫、まさにそれぞれ色彩の異なる紫陽花が一つの樹に咲いているのだ。中には一つの花の花びらが七つの色に染まっている本当に見たこともないようなものまである。
「綺麗」
香花が呟くと、明善が微笑む。
「七色の紫陽花、珍しいものだ。数年、いや十数年に一度しか咲かぬという幻の花と言われている。私も物心ついた頃に一度だけ、咲いたのを見たことがあるくらいだ。人の一生は長いように思えるが、その間、一体、この幻の花は何度咲くのだろう。多分、多くてもせいぜい二、三度のものだろうゆえ、そう考えれば、人の生命など随分と短くて儚いな」
月の光に濡れて煌めく虹色の紫陽花は、恋を知り初(そ)めたばかりの少女のように初々しく瑞々しく、それでいて、妖艶な女を彷彿とさせる。
「この花はまるで、香花のようだね」
この上なく大切な宝物を愛おしむかのようなまなざしが香花に注がれる。
明善の言葉に紅くなった香花の髪に、どこからともなく飛んできた白い蝶が止まった。
「不思議なこともあるものだ、香花。月下の紫陽花と花に戯れかける蝶。まさしく、そなたが私にくれたあの刺繍と同じではないか」
小さな蝶はひらりと舞い上がり、ふわふわと頼りなげに羽根を動かし、夜空を旋回する。
七色に染まった紫陽花に止まり、更に海色の紫陽花へと蝶は気ままに浮遊を続ける。