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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 今朝、明善が慌ただしく屋敷を出たのは、国王から直々の呼び出しを受けたからで、緊急の御前会議などではなかった。昨日、明善はついに左議政陳相成の謀を国王に上奏したのである。つまり、味方であった相成を裏切って、密告したのだ。
 激怒した王は直ちに左議政を捕らえるとし、明善には自宅で正式な処分が下るまで謹慎を申し渡された。但し、左議政を捕らえるまでは、表向きはまだ明善が左議政の味方だと相成に思い込ませておくため、明善の罪も公にはしないと王は言った。
 明善の密告してきたときの落ち着いた態度や平素の人柄から、王は明善に逃亡の可能性はないと判断したのだ。
 そのため、通常であれば、罪人の屋敷には義禁府の役人が監視につくのに、何の動きもなかった。香花を初めとする屋敷の住人が明善の身辺の異変に気付くのが遅れたのも致し方のないことだった。
 そして、今朝早く、左議政は捕らえられ、同時に明善の罪も公式に問われることになった。
―旦那さまはキムチの包み焼きがお好きだからねえ。今夜のおかずに丁度、間に合うじゃないか。
 ソンジョルが愉しげに言い、香花も〝美味いな〟と破顔する明善の顔が見たくて、ソンジョルと二人でせっせとキムチを漬けていたのだ。よもや、その頃既に明善は科人として連行されていただなんて、思いもしなかった。
 ウィギルは今にも泣き出しそうな顔で言った。
「既に左相大監も旦那さまも拷問にかけられているらしいですぜ」
 蒼くなったソンジョルと香花は顔を見合わせる。

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