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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

「旦那さまがそんな怖ろしいことをお考えになってただなんて、あたしはどうにも信じられない。あたしたちは一体、どうなるなんだい?」
 ソンジョルが涙声で言う傍ら、香花は気が抜けたように、その場にくずおれた。
 とうとう怖れていた事態が起こったのだ。
 誰もがソンジョルと同じことを考えたようだ。温厚篤実、学者肌で知られる崔明善がよもや王の暗殺、王座のすげ替えを行うなどと大それた陰謀に荷担するとは想像もしなかった。宮殿内ばかりでなく、早くも噂は都中にひろまっているという。
 ウィギルが明善捕らわるの知らせをもたらした直後、義禁府から多数の役人が派遣され、屋敷の周囲は物々しく武装した兵たちで取り囲まれた。
 罪人を出した屋敷はひっそりと静まり返り、桃華と林明には香花から事の次第が控えめに伝えられた。
「嘘だ、誰よりも国王殿下に忠誠を誓う父上がそんな怖ろしいことを企むはずがない」
 林明は小さな顔を真っ赤にして泣き出し、桃華は姉らしく気丈にも泣くまいと堪え、肩を震わせていた。香花は二人を懐に抱き、一緒に声を上げて泣いた。
 その夜半、叔母がひそかに屋敷を訪れた。
「叔母上、よく通して貰えましたね」
 明善の処分が下されるまで、屋敷の周囲の監視はむろん、人の出入りも役人によって厳しく詮議される。普通、たとえ親戚であろうと、気軽に入れないものだ。
「張先生のお宅の末のお嬢さんが義禁府長の奥方さまなのよ」
 叔母に小さな声で耳打ちされた。
 つまり、コネを使って大目に見て貰ったということだ。如才ない叔母のことだから、見張りの兵に多少の金子を渡したかもしれない。

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