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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 叔母の良人は下級官吏ではあっても、その職務柄、賄賂―つまり口止め料としての金品を得ることが多く、実は内証は裕福なのである。豊かな財力があるからこそ、、家門の低い家に嫁した叔母が身分違いにも拘わらず、大臣の奥方たちとも交流できるのだ。
 そうまでして逢いにきてくれた叔母の心が今は素直にありがたく、嬉しい。
 心細さに震えていた香花は涙を浮かべて礼を言った。
「だから、私は言ったのですよ。仮にも両班の娘が屋敷奉公などするものではないと」
 叔母は口では窘めてはいるものの、勝ち気な香花が涙を浮かべている様を見て、自分も貰い泣きをしている。
「強情を張らずに、たまには大人の言うことをきくものです」
 叔母はそう言うと、袖から取り出した小さな巾着を香花の手のひらにのせた。
「叔母上さま、これは?」
 訝しげに問うと、叔母はにっこりと笑った。
「道中の路銀です」
「叔母―」
 叔母は皆まで言わせなかった。
「早々にお逃げなさい。その義禁府長の奥方さまが内々に知らせて下さったのですが、崔承旨さまは既に相当酷い拷問を受けて、瀕死の状態だそうですよ。左相大督の方はまだ意識もしっかりしているけれど、こちらはあくまでも罪状を認めず、崔承旨の自分を陥れんがための謀略だと言い張っているとか」
 香花は唇を噛みしめた。何ということだろう! 現国王完宗は公正な方だと聞いていたから、たとえ一時は謀反に荷担していたとしても、自ら罪を認め謀を知らせてきた明善をそこまで酷い目に遭わせるとは考えてもみなかった。
 しかし、叔母の知らせてくれた話では、明善は苛酷な責め苦を受け、今にも死にそうだというではないか。

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