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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 まず最初に香花が塀によじ登り、次に桃華、林明と引っ張り上げてやった。降りるときも同様で、先に地面に降りた彼女が二人の子どもたちを抱き下ろしてやる。
「こんな高いところから降りられない」
 泣きべそをかく林明を何とか宥め、漸く助け降ろしてやったその時、行く手に立つ人影があった。さては林明の泣き声で兵に気付かれたかと香花は蒼褪める。
 しかし、緊張を漲らせて見上げたその大柄な男はウィギルであった。
「女と子どもだけで大丈夫ですか?」
 ウィギルの細い眼には気遣うような色がある。純粋に三人の身を心配しているのだ。
「何なら、俺と一緒に行きませんか? 両班の暮らしのような贅沢はさせてやれねえが、女房と子どもくらい食わせやるくらいは俺、働くから」
「ありがとう、ウィギル」
 香花もまた心から礼を言った。
 香花に見つめられ、ウィギルの丸い顔が真っ赤に熾った石炭のようになった。
「い、いや。ほんの冗談ですよ。先生みたいに別嬪の嫁さんなんて、俺には勿体ねえ。それに、嫁さんが難しい本をすらすら読むのに、肝心の亭主が字も読めねえなんて、亭主の沽券に拘わっちまいますからね」
 ウィギルは笑い飛ばしながら、頭をしきりにかいた。
 そのときだった。
「おい、お前。そこで何をしている?」
 鋭い声が飛んできて、その場にいた者たちは皆凍りつく。
 どうやら、見回りの兵に見つかってしまったようだ。
「行きなせえ」
 ウィギルが顎をしゃくった。
「でも、直に役人が来るわ。あなたも逃げた方が良い」
 兵に見つかったウィギルの身が心配だ。

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