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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

「いや、何とも畏れ入った。これまで僅かばかりの書物を囓り、少しは知ったつもりになっていた我が身にただただ恥じ入るばかりだ。張家の奥方からそなたが並々ならぬ教養を備えているとは聞いていたが、よもやここまでの学識とは想像していなかったというのが正直なところだ」
 崔承旨は感嘆の溜息を洩らし、幾度も頷く。
「それでは(ハオミヨン)」
 香花が恐る恐る言うと、彼は破顔した。
「むろん、大いに歓迎しよう。そなたを我が子らの先生として私はこの屋敷に迎える」
 そのひと言で、香花の身の落ち着き先が決まった。本音を言えば、このまま屋敷を追い出されるに違いないと覚悟していたのだ。
「精一杯、勤めさせて頂きますので、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げる香花に眼を細め、崔承旨が呟く。
「考えようによっては、年若いそなたは子どもたちの良き先生となるやもしれぬ。先生でもあり、遊び相手ともなる香花ならば、あの子たちにとっては、またとない恵まれた家庭教師であろう。それにしても、十四とは、まるで私の娘のようではないか、可愛いものだ」
 娘のようでという前置きは付いていたものの、そのときの香花には耳に入らず、ただ〝可愛い〟という最後のひと言に、またしてもカッと頬が熱くなった。だが、何故、この男に見つめられたり、可愛いと言われて、こんなに頬が熱くなるのか。
 これまで読んだ難しい書物には、その応えは記されておらず、香花は途方に暮れるしかなかった。

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