
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第5章 永遠の別離
「止せよ、旦那だなんて、ついぞ呼んだこともないくせに。そんな風に呼ばれたら、背中がむず痒くなってくる」
光王が屈託なく笑いながら言い、女将も〝それもそうだね〟と笑った。
その時、香花は確かに見た。
女将と光王の視線が一瞬、絡み合い、離れたのを。そのまなざしを交わす様は、まさしく情を交わした男女のみに通じ合う特別なものだ。崔家に仕えるまでは男女のことは何も知らない香花であったが、初めての恋を経て、少しはそういった機微も理解できるようになった。
「あの―、助けて頂いて、ありがとうございました」
香花がおずおずと礼を述べると、それまでにこやかに笑んでいた女将の眼が僅かに険を孕む。一重のつり上がった眼がじいっと香花に注がれた。
「たいしたことはございませんよ。あたしと光王は古くからの知り合いで、満更、赤の他人ってわけじゃないものですからね。光王の頼みとあれば、ひと膚でもふた膚でも脱ぎますよ」
どこか挑むようなまなざしと口調に、香花は居たたまれなくなる。窮地を助けて貰ったとはいえ、どうして、自分がこの女にこのような挑戦的な物言いをされないと駄目なのか。
割り切れない気持ちでいると、背後からポンと肩を叩かれた。
振り返った先には、隣で酒を酌み交わしていた二人連れの片割れが立っている。
「お嬢さん、女将の言うことなんざ、気にすることはねえよ。女将は何せ光王とは何度か寝た間柄だからな、あんたに灼いてるのさ」
陽に灼けた浅黒い膚が精悍な印象を与える男だ。男前とまではいかないが、なかなか整った容貌をしている。そのいでたちからして、職人だろうか。
光王が屈託なく笑いながら言い、女将も〝それもそうだね〟と笑った。
その時、香花は確かに見た。
女将と光王の視線が一瞬、絡み合い、離れたのを。そのまなざしを交わす様は、まさしく情を交わした男女のみに通じ合う特別なものだ。崔家に仕えるまでは男女のことは何も知らない香花であったが、初めての恋を経て、少しはそういった機微も理解できるようになった。
「あの―、助けて頂いて、ありがとうございました」
香花がおずおずと礼を述べると、それまでにこやかに笑んでいた女将の眼が僅かに険を孕む。一重のつり上がった眼がじいっと香花に注がれた。
「たいしたことはございませんよ。あたしと光王は古くからの知り合いで、満更、赤の他人ってわけじゃないものですからね。光王の頼みとあれば、ひと膚でもふた膚でも脱ぎますよ」
どこか挑むようなまなざしと口調に、香花は居たたまれなくなる。窮地を助けて貰ったとはいえ、どうして、自分がこの女にこのような挑戦的な物言いをされないと駄目なのか。
割り切れない気持ちでいると、背後からポンと肩を叩かれた。
振り返った先には、隣で酒を酌み交わしていた二人連れの片割れが立っている。
「お嬢さん、女将の言うことなんざ、気にすることはねえよ。女将は何せ光王とは何度か寝た間柄だからな、あんたに灼いてるのさ」
陽に灼けた浅黒い膚が精悍な印象を与える男だ。男前とまではいかないが、なかなか整った容貌をしている。そのいでたちからして、職人だろうか。
