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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 香花は逃げる。
 夢中で走りながら、幾度も背後を振り返る。
 すぐ真後ろまで長い手がひょろりと伸びてきて、逃げる香花の手脚に絡みつく。手は何本もあって、香花の両手、両脚、腰回りに絡みつき、がんじがらめに縛める。
―い、いやーっ。
 更に伸びてきた無数の手が香花の身体の至る箇所をまさぐる。小柄な割には豊かな胸のふくらみや、すんなりとした両脚、更には太股の狭間を蠢き、這い回る。
 気が付けば、香花は一糸まとわぬ裸だった。
 必死で逃れようとあがいても、蔓のように伸びた手に自由を奪われ、身動きすら、ままならない。
 瞼に下卑た笑いを浮かべる男たちの貌がちらつく。香花の白い膚を卑猥な眼で犯し、舌なめずりしていた男たち一人一人の貌がありありと甦った。
―誰か、助けてっ。
 香花が叫んだ時、遠くから呼び声が響いてきた。
――ファ、香花。
 誰、私を呼ぶのは? ううん、誰でも良い、私を助けて、ここから救い出して。
 香花が絶叫したまさにその瞬間、力強い腕が差し出された。
―これに掴まれ。
 香花の身体を軽々と抱き上げ、引っ張り上げてくれる逞しい腕に、彼女は縋りつく。
「香花、おい、香花、しっかりしろ」
 呼び声に、ハッと眼を開く。
「―光王」
 香花は自分を助けてくれた男の名を呟き、褥に身を起こす。思わず重心を崩してふらつきそうになるのを、光王が脇から手を貸して支えてくれた。
「私、どうしちゃったのかしら」
 額を押さえると、光王がいつになく優しい声音で言った。

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