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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

「夢を見ていたんだ」
「―夢? 私は夢を見ていたの」
「ああ、随分とうなされていた」
 香花は視線をゆっくりと動かした。扉の向こうは、もう茜色に染まっている。障子を通して蜜色の光が差し込み、色褪せ、すり切れた畳が夕陽の色に染まっていた。遠くから、かすかに蝉の声が響いてくる。
 よほど疲れていたのだろう。ほぼ丸一日、ここで眠り続けていたことになる。
 隣を見ると、一緒に眠っていたはずの桃華と林明はいない。思わず顔色を変えた香花に、光王が安心させるように言った。
「大丈夫だ、子ども二人は、かれこれ一刻ほど前に眼が醒めて、腹が減ったというんで、女将が今、飯を食べさせてる」
「もう、行かくちゃ」
 無意識の中に立ち上がろうとして、また、よろめいた。
「行くって、どこに行くんだ?」
「だって、いつまでもここでお世話になるってわけにはゆかないわ」
 そこで、香花は慄然とした。
 今は夕刻、黄昏刻だ。確か、今朝、光王は言わなかったか。
―香花、崔明善が今日の昼過ぎに処刑されるらしい。
 あのときの光王の言葉が甦り、香花は身震いした。
―明善さまっ!!
 無我夢中で立ち上がり、部屋を出ようとする香花を光王が後ろから抱き止める。
「そんな身体で、一体どこに行くっていうんだよ?」
「私、私、行かなくちゃ。旦那さまが、明善さまが逝ってしまう」
 私を置いて、一人ぼっちにして逝ってしまう。
 香花の眼に涙が湧いた。

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