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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 秋になった。
 色づいた山々が澄んだ空気にくっきりと立ち上がって見える。
 都の外れを川が流れている。比較的大きな川だが、その名前を知る人はいない。
 川には橋がかかっており、その下の河原に粗末な家が建っている。ずっと前からあったものではなく、ここ二、三ヵ月ほどの間に、いつしか出現していたものだ。家というよりは掘っ立て小屋といった方が近いかもしれない。それでも、人が雨露を凌ぐには十分だし、中は存外きちんと暮らせるようになっている。
 まあ、乞食の住み処にしか見えないような代物だが、棲んでいるのは乞食ではなく、二十代半ばほどの兄とまだ年若い妹、更には、その兄の子だという幼い二人の女の子と男の子。あまり眼鼻立ちに共通点はなかったが、兄も妹もどちらもが常人離れした美貌の持ち主であった。
 妹は仕立物の内職を細々としており、兄は小間物の行商をしている。妹は美しい娘だが、昼間に姿を現すことは殆どなく、また幼い子どもが二人いても、普段はひっそりと静まり返ったその家から子どもの声が聞こえてくることはない。まるで住人が息を潜めて暮らしているような雰囲気があった。
 その家に、ある日、ふいの訪問者があった。襤褸家には明らかに似つかわしくない立派な女物の輿が横付けされ、その後ろには空の乗り人のおらぬ輿が二つ続いていた。降りてきたのは、品の良い五十代ほどの女性であった。いかにも両班の奥方といった雰囲気で、上等の衣服に身を包んでいる。
 訪れたのは都でも名の知れた需学者張峻烈の奥方であった。
 奥方は三月(みつき)前、処刑され非業の死を遂げた崔明善の叔母に当たる。明善の母親と奥方が血の繋がった姉妹同士なのだ。

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