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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 その小さな家で一体、何が話されたのかは判らない。一刻ほどして奥方が出てきた時、彼女は幼い二人の子どもを連れていた。その子どもたちは、その家に暮らす兄の子という触れ込みになっていたにも拘わらず、奥方は彼らをそれぞれ二つの輿に乗せ、三台の輿はひっそりといずこへともなく消えていった。
「これで良かったのよね」
 香花は、三つの輿が見えなくなるまで表に佇み見送っていた。本当は橋を渡った向こうまでついてゆきたかったのだけれど、光王に止められたのだ。橋を渡れば、商家や民家が軒を連ねる賑やかな町に入る。そんな人眼に立つ場所に何も好んで行くこともあるまい―と言われ、結局、行けなかったのだ。
「ああ、これで良かったんだ」
 光王が頷く。
「あまり惚けたようにボウっと突っ立ってて、人の眼に触れない方が良いぞ」
 言葉は相変わらず悪いが、これが光王なりの気遣いの示し方なのである。
 光王はいまだ家の前に立ったままの香花の肩を軽く叩き、自分はさっさと一人で中に戻った。香花も言われたとおり、素直に家に戻る。
 崔家に家庭教師として勤め始めてからも含めれば、桃華と林明とは五ヵ月余りもの間、起居を共にしたのだ。情が移って、当然といえば当然だといえた。しかも、二人は香花を実の姉のように慕っていた。
 今日、張家の奥方が突然、訪ねてきたのには愕いたが、それもそのはず、当の光王が張家に出向いて、崔明善の遺児たちをここで匿っていると打ち明けたのだという。

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