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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 朝鮮は階級差が烈しい国だ。両班の中でも特に名家とされる張氏を一介の行商人が訪ねていったからとて、おいそれと主人である峻烈が逢うことは普通なら考えられないだろうが、峻烈は高名な需学者でありながら、実は敬虔な天主教徒であるという裏の顔を持っている。
 天主教では身分制度などに拘わらず、人は皆平等だという理念を掲げているため、峻烈もまた拓けた考えの、身分にこだわらぬ人物である。だからこそ、峻烈は前触れもなく訪ねていった光王にすぐに対面したのだろう。
 光王は半月前、国王完宗が崔明善の遺児二人、お呼び崔家で家庭教師を務めていた香花を赦し、お咎めなしとの沙汰を下したことを知った。三人を見つけ次第捕らえよとの王命も撤回された。それを受け、光王は張家を訪ねたのである。
 ゆく方不明になった幼い二人を案じていた張峻烈と夫人は二人の無事を殊の外歓び、すぐにも手許に引き取りたいと申し出た。
 それで、今回の運びとなったわけだ。
 張家の奥方と香花は直接面識があるわけではなかったけれど、張峻烈と香花の父は昵懇の間柄であった。奥方は香花にも二人の子どもらと共に張家に来るようにと申し出てくれたのである。が、香花はその申し出を丁重に辞退した。
 確かに父と峻烈は身分を越えて親しく行き来していた間柄ではあったが、香花自身は張家とは何の縁もゆかりもない身なのだ。その厚意に甘えることは到底できなかったし、何故か、香花はその話にあまり気が進まなかった。
 奥方は良人である峻烈とも話し合い、香花を養女として迎え、どこか適当な両班家へ嫁がせようとまで考えているというのだ。すべてを失ってしまった香花にとっては、願ってもない話だった。

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