月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第5章 永遠の別離
だが、香花は見知らぬ人の間で過ごすよりは、気心の知れた光王と暮らす気楽な暮らしを選んだ。それに、これは光王には絶対に言う気はないけれど、今はまだ何となく光王と離れて暮らす気にはなれなかったのである。
傍にいれば、いつも喧嘩ばかりなのに、不思議と憎めない男だ。
光王は香花に何も知らせてはくれなかったけれど、それで良かったのだ。もし事前に聞かされていたら、香花は絶対に桃華と林明を張家に渡すのはいやだと反対したに違いないだろうから。
でも、冷静になって考えてみれば、二人のためには少しでも血の通った人の許に帰った方が良いのだとは判る。何より、張家は両班の中でも名門だ。名もない庶民の子として育つよりは、張氏の家門を後ろ盾として養育される方が良い。
それでも、林明は最後まで行くのはいやだと駄々をこねた。しかし、桃華は自分たちがいることで光王や香花に迷惑をかけていることを十分理解していた。
―ね、林明。ここに来れば、先生にはいつでもまた逢えるわ。
いつもは厳しい姉の桃華がこのときだけは弟に優しく言い聞かせたのだ。
本当はもう張家に引き取られてしまえば、二度とここには来られないことは判っていたのに、弟を宥めるために心にもないことを言った。
輿に乗っても、桃華は引き戸を開け、涙ぐんで香花を見つめていた。あの哀しげな眼を一生涯、忘れることはないだろう。
崔家の屋敷で過ごした日々が次々と甦る。あれからまだほんの少ししか経っていないのに、もう十年くらい経ったような気がする。
傍にいれば、いつも喧嘩ばかりなのに、不思議と憎めない男だ。
光王は香花に何も知らせてはくれなかったけれど、それで良かったのだ。もし事前に聞かされていたら、香花は絶対に桃華と林明を張家に渡すのはいやだと反対したに違いないだろうから。
でも、冷静になって考えてみれば、二人のためには少しでも血の通った人の許に帰った方が良いのだとは判る。何より、張家は両班の中でも名門だ。名もない庶民の子として育つよりは、張氏の家門を後ろ盾として養育される方が良い。
それでも、林明は最後まで行くのはいやだと駄々をこねた。しかし、桃華は自分たちがいることで光王や香花に迷惑をかけていることを十分理解していた。
―ね、林明。ここに来れば、先生にはいつでもまた逢えるわ。
いつもは厳しい姉の桃華がこのときだけは弟に優しく言い聞かせたのだ。
本当はもう張家に引き取られてしまえば、二度とここには来られないことは判っていたのに、弟を宥めるために心にもないことを言った。
輿に乗っても、桃華は引き戸を開け、涙ぐんで香花を見つめていた。あの哀しげな眼を一生涯、忘れることはないだろう。
崔家の屋敷で過ごした日々が次々と甦る。あれからまだほんの少ししか経っていないのに、もう十年くらい経ったような気がする。