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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 明善と寄り添って、月明かりの下で眺めた幻の花と呼ばれる虹色の紫陽花。桃華や林明と笹舟を拵えて浮かべて遊んだ池。キムチ作りの上手なソンジョンと気の好いウィギル。
 そして、何より大切な想い出となった明善の腕に抱かれて眠ったあの一夜。
 一瞬一瞬が二度と帰らぬ宝物だ。
「ほら」
 香花がぼんやりとしていると、眼の前にぬっと大きな手のひらが突き出た。
 分厚い手の上に湯気の立つ蒸し饅頭が載っている。中でせっせと何をしているのかと思ったら、予め買い置きしてあった饅頭を温め直していたようだ。
 香花は茫然と光王を見上げた。
「想い出だけを後生大事に抱えて生きてゆくには、お前はまだ五十年は早いぞ。死んじまった男を幾ら想っても、この世で添うことはできないんだ。もう少し、前向きに生きろ」
 光王がいつもの少し傲岸にも見える笑みを浮かべる。
「例えば、身近にこんな良い男がいるんだから、そういうのに眼を向けてみるとか」
 そこで、香花は吹き出す。
「何がおかしいんだ?」
 光王が憮然として言うのに、香花はいつもの彼を真似て肩を竦めて見せた。
「どこに良い男がいるのよ?」
 香花はわざと嫌味たらしく言ってやる。
 全く光王ほどの美しい男が自分で良い男などと口にするのはシャレにもならない。
「だから、俺だろ、俺」
 光王が自分を指さす。
「冗談でしょ。私は自信過剰の自惚れ男は趣味じゃないの。だから、ご免蒙るわ、ね、お兄ちゃん(オラボニ)」
 最後のひと言を強調して言うと、光王はす露骨に眉をしかめた。
「全く、生意気な妹を持っちまったぜ」

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