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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 当時、奥方は崔家で女中をしており、二人はいつしか恋仲となった。そのうち、奥方の懐妊が判明し、崔承旨は彼女を正式な妻として迎え入れることを決意したが、当時はまだ存命していた彼の母や親戚中が猛反対した。
 それは当然であったろう。身分制度が徹底していた朝鮮という国で、愛人ならばともかく両班が女中を奥方に迎えるなど言語道断であったからだ。
 しかしながら、普段は穏健な彼がこれだけは最後まで意を屈せず、最後は半ば独断で周囲の反対を押し切った形で奥方を妻に迎えた。それほどまでの覚悟で迎えた妻を、彼はこよなく愛おしんだ。二人の間には次々と子どもが生まれ、崔夫人ほどの果報者もいないと噂になったほど彼は妻一人を愛し、慈しんだ。
 が、天はこの幸せな夫人を妬むかのごとく、彼女の生命を奪い、幸せな結婚生活は三年で終わりを告げた。以来、崔承旨は再婚どころか、側女すら傍には置いていない。それほど亡き夫人を忘れがたく思っているのだ。
 崔承旨が奥方に向けたまなざしは、子どもたちを彼が見つめるより更に甘く、優しいものであったに相違ない。そう想像しただけで、何故、こんなにも胸が苦しくなるのだろう?
 涙が溢れそうになるのだろう。
 ―それが、崔明善と香花の出逢いだった。

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