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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

「私だって、こんな口が悪くて、顔の良いのが取り柄なだけのイケズ男なんか、お断りだわよ」
 あくまでも、背後からついてくる光王には聞こえないように小さな声でぶつくさ呟く。
 都を出てから半月、二人は幾つかの町を経て、漸く新しい町に辿り着いたばかりである。
 崔(チェ)家の子どもたち―桃華と林明が親戚である張(チヤン)氏に引き取られた十日ほど後、光王と香花は漢(ハ)陽(ニヤン)を離れた。
 既に国王完(ワン)宗(ジヨン)からの香花への逮捕命令は取り下げられてはいたものの、光王は渋る香花を引き立てるように半ば強引に都を後にしたのだ。
 その理由としては、やはり、香花にとっては辛い想い出のある都から、しばらくは離れた方が良いと判断したのだろう。つまり、光王は香花の気持ちを思いやってくれたのだ。光王と一緒に暮らしたのはまだほんの三ヵ月余りにしかすぎないけれど、彼が口ほどには心根は悪くなく―むしろ、優しすぎるほど優しい男だとは香花もちゃんと判っている。
 崔氏の子どもたちの家庭教師として崔明善の屋敷で暮らすようになって以来、香花の身辺には、あまりにも多くの出来事がありすぎた。十六歳年上の明善との烈しい恋と身を切り裂くような哀しい別離。わずか十四歳の少女には苛酷なほどの辛い想い出はまだ記憶に新しい。
 光王が都から離れようと決めたのもあながち間違いではない。
 この町に入って数日が経っているが、光王はどうもここが気に入ったようだ。都からも適度に離れ、活気に溢れてはいるが、大都市というほどでもない。そこそこの中規模どころの地方の町である。

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