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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 何より、光王は、都からあまり離れたくはないという香花の希望を考慮したのだ。辛い想い出のある場所とはいえ、漢陽は香花にとって生まれ育った都であり、崔家の子どもたちや血の繋がった叔母もいる。とりあえずは都落ちするものの、戻ろうと思えば戻れる場所にいたいと願う彼女の気持ちを酌んでくれたのだろう。
 更に光王の考えでは、この町から少し離れた隣村に住むつもりらしい。町では目立ちすぎるからというのがその主な理由だ。何しろ、光王はかつて都でもその名を轟かせた天下の大盗賊〝義賊光王〟なのだ。
 〝義賊光王〟が標的とするのは貧しい民から搾取し、民を泣かせる両班や悪徳商人と限られていた。都の民人は、盗んだ財物を惜しげもなくばらまいてゆく〝光王〟を〝光の王〟或いは〝真の王〟と讃え英雄扱いさえしていたのだ。謎に包まれた盗賊集団〝光の王〟の頭領、それが光王の真実の姿であり裏の顔であった。
 彼の表の顔は小間物を売り歩く行商人である。普段の毒舌からは想像もできないような美貌の持ち主の彼は、その男ぶりと(客に対してだけは)愛想の良さを活かし、結構上手く商いをしているようであった。
 更には光王の美しさに眼を止めた両班や富豪の奥方から望まれれば褥を共にもし、そちらの方でもしこたま稼いでいたらしい。
 香花のような奥手の少女でも、光王がこれまで拘わってきた女が星の数よりも多いであろうことは薄々察しがつくというものだ。が、彼が常日頃から口にしてはばからないように、まだ〝子ども〟にすぎない香花には光王のような手慣れた男はさして関心もないようで、一緒にいても、その点は安心できる。

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