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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 また、光王は厭がる女に対して無理強いするような男ではない。その点は、一緒にいる中(うち)に、すぐに理解した。何より、光王は男気のある男だ。さもなければ、自らの生命の危険を冒してまで〝義賊光王〟を演じはしないだろう。義侠心のある彼が、靡きもしない女に強制してまで身体を求めたりはしない。
 むろん、都で民衆から絶大な支持を得ていた光王は役人からは血眼になって追われる身であった。
 朝鮮は古来から儒教を重んじる絶対的な階級制度の徹底した国である。その国で上位とされる王室や両班を揶揄するかのように、堂々と王族や大臣の屋敷に忍び込み、まんまと蔵に隠し持つ財宝を盗み出すのだから、国が光王を黙って見過ごすはずがない。
 そんなわけで、光王は、できるだけ人眼に立ちたくないという事情があったのである。
 今は町の安宿に投宿して、町の様子をひそかに探っている最中といったところだ。
 都に〝盗賊光王〟が出没しなくなってから、はや一年以上が経つ。光王自身は、いつまでも盗賊稼業をしているわけにもゆかず、仲間のことも考えて〝光の王〟を解散したのだと言っている。
―幾ら義賊ともてはやされていようが、所詮盗っ人は盗っ人だ。
 そう呟いた光王のどこか淋しげな口調が印象的だった。
 今のところ、この町で〝義賊光王〟を追っている役人を見ることはない。どれほど厳重に取り締まっても易々と包囲の網をくぐり抜ける〝光王〟をお上は躍起になって追い続けたものの、あるときを境に〝光王〟はそれこそ雲か霞がかき消えるように、ふっつりと消息を絶った。

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