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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 以来、あれほど天下を騒がせた大盗賊がいっかな姿を見せなくなり、役人の追及もいつしかなくなった。ゆえに、そこまで神経質になる必要もないのかもしれないが、やはり、用心するに越したことはない。
 〝天下の大盗賊〟といわれる〝光王〟は捕まれば、まちがいなく極刑に処されるのは眼に見えていたからだ。どれほど民衆の支持を集め、救世主のごとく敬われていても、光王自身の言うように、彼がなしてきたことは盗みには違いない。ひとたび捕まれば、法の裁きを受けなければならないだろう。
 良い匂いをしきりに漂わせる店々の中、小柄な老人が店番をしている店があった。老人はうずくまるように座って、道行く人を見るともなしに見ている。
 食べ物屋ばかりが居並ぶ店の中で、その店はかなり眼についた。店先には客の姿もなく、周囲の喧騒から、どこか取り残されたような、しんとした雰囲気に包まれている。
 香花の視線がふと店先に吸い寄せられた。小さな籠に入っているのはノリゲ―女性がチマ・チョゴリを着用した際にチマかチョゴリの紐につける飾り―である。
 薄紅色の珊瑚を使った瓢箪型をしており、その先にむら染めした飾り房が付いている。町の露店で扱うものにしては、いかにも高価そうな品物で、品も悪くない。若い女性の歓びそうなものである。
「綺麗」
 手に取って呟くと、いつしか店の老翁が近づいてきて言った。
「お嬢さん、流石は眼のつけどころが良いね。その品は本当なら、うちの店で売る倍の値がついてもおかしくはない代物だが、その品を作っていた工房が不正をやらかしちまって、閉めざるを得なくなってしまってね。破格の値で売ってるのさ」

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