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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 安物を高値で売りつければ、当然なことに、莫大な儲けがあるはずだ。光王は小首を傾げながら、いっそう老人に近寄った。
「つまり、使道と親方はボロ儲けしてたってことになるな」
「そのとおりだよ。親方は結局のところ、使道に利用されるだけ利用され、見つかったら見つかったで、すぐに見限られたってわけさ」
 老人は眉を潜め、哀しげに言った。
「元々、あの親方は気難しい職人肌の男で、正義感も人一倍強かった。まかり間違っても不正などに手を貸すような人間じゃなかった。でも、使道が赴任してきてからというもの、親方の一人娘をえらく気に入ってな、側妾に欲しいと矢のような催促だったんだ。でも、親方は女房に先立たれてから、ずっと男手一つで娘を育ててきたんだ。親子どころか、父親の自分よりも歳の違う好色親父に大切な娘をおいそれと差し出せるものかね。それで、使道は親方にある条件を出したんだ。娘の代わりに、自分に手を貸せとね」
 つまり、娘を諦めてやる代わりとして、偽の玉石で拵えた装飾品を作り、高値で売れと命じたのである。
「全く、酷え話だろ? 権力を傘に着て、傍若無人にふるまうってえのは、まさにあの使道の奴のことを言うんだよ」
 老人は憤懣やる方ないとでも言いたげに皺だらけの眼を怒らせて言った。
「なるほど、で、このノリゲはその親方の工房で作ってた本物ってわけだね?」
「ああ、親方は根っからの職人だったからな。使道に脅されて、渋々、偽物を作ってはいたが、やはり、職人の誇りってやつがそれを良しとしなかったんだろうよ。閉めた工房に役人が押収に入ったら、そりゃあもう見事な本物が一杯見つかったって話だからな。役人はその品々を自分の懐に収めて、方々に売っ払った。うちが今、扱っている品物の中にも何点かはそこから流れてきたものがあるよ」

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