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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 向こうから歩いてきた娘がすれ違いざま、光王に熱い視線をよこしてくる。しばらく経ってから振り返って見ると、案の定、娘はその場に立ち尽くしたまま、恍惚(うつと)りとした視線で光王を見送っていた。
 光王は非常に目立つ存在である。ひと口には彼の類稀な美貌のせいだといえよう。陽光の当たり加減では時に黄金色にも見える茶褐色の髪と瞳を持つ光王は、朝鮮人離れした端整な美男だ。
 既に二十五歳になっているにも拘わらず、長い髪を結い上げもせず、背中に垂らして一つに括っている。身なりそのものは、どこにでもいる庶民のものだが、何故か彼はどこにいても人眼を引いた。
 女性から熱いまなざしを向けられることに慣れている光王は、逆にそういった秋波には無頓着だ。女という女が皆、自分に注目している―とまでは流石に思ってはいないだろうが、モテすぎるゆえに、かえって自分に向けられる熱い視線など、いちいち気にしない。そんな彼にとってみれば、香花のような〝お子さま〟と歩いていて夫婦と間違われるのは、はなはだ不本意なのかもしれない。
 だから、不機嫌になってしまったのだろう。香花は香花なりに光王の心理を想像したのだ。
「折角だから、貰っとけ」
 光王はぶっきらぼうに言うと、老人がくれた珊瑚のノリゲを無造作に差し出してよこす。
「う―ん」
 香花を小さな瓢箪の形をしたノリゲを受け取り、そっと懐に入れた。 
 そういえば、光王がくれたのも珊瑚の簪だった。まだ成人前の香花は長い髪を結い上げず、三つ編みにして背中に垂らしている。

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