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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第6章 第2話【燕の歌~Swallow song】・新しい町

 確かに香花は人眼を引く美少女だ。自分で言うのも何だが、光王自身、容色の点ではこれまで注目を浴びる存在であった。その光王と香花が連れ立って歩いていれば、嫌が上にも目立つ。雪花石膏のような白くすべらかな膚に黒い大きな瞳。薄紅色のふっくらとした唇は花のようで、香花は可憐でもあり、また、どことなく、ほのかななまめかしさを漂わせる美しい娘であった。
 その癖、お人好しで、どこか抜けている。聡明で機転もきくのに、どこか危なげで放っておけない。少しからかってやると、本気で怒って向かってくるので、つい、ちょっかいをかいたくなる。十一も年下の少女に大人げないふるまいだと思うのだが、香花といると、つい自分までもが十四、五の少年に戻ったかのような気持ちになる。
 今だって、老人の前であれほどきっぱりと〝夫婦ではない〟と香花に否定されたことに、ここまでの衝撃を受けている―。
 これは由々しき事態だ。光王は突如として訪れたこの状況を呪いたくなった。いや、と、彼は思う。
 恐らく、自分はもっと早くから―この少女とめぐり逢ったその頃から、香花に惹かれていたのだ。何も今、突然に彼女を一人の女性として意識し始めたわけではない。だが、彼自身が敢えてその事実から眼を背けようとしていただけなのだ。
 いや、今だって、できるならば、この事実から眼を背けたい。でも、一度気付いてしまった事実から眼を背けることはできないだろう。ならば、せめて、少女にこの想いを気付かれないようにするだけのことだ。
 光王は唇を引き結び、ひたすら前を見つめて歩き続ける。その後を香花がしょんぼりとうつむいて歩いてくるのにも気付かなかった―。

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